7/27/2007
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phofa
画ニメ第一弾となった『Fantascope ~tylostoma~』では、200枚前後の絵を描いたそうですね。それは大変な作業だったんじゃないですか?
天野
あれは、和紙に墨汁を使って描いた墨絵なんです。なので、実は短時間でも描けちゃうんですよ(笑)。それでも『Fantascope ~tylostoma~』も『鳥の歌』も、それぞれ1年くらいかかってましたね。
phofa
一作目は完全にご自身によるものではなくて?
天野
木村草一監督の協力がありました。
phofa
では、ストーリーの創作はご自身で?
天野
はい。おおまかに考えながらイメージボードを描いてみるといったところから始めて。だから、最初は少し違う結末を考えていたのかな……。画ニメを作るにあたって、まず一番大事だったのは、絵だけを描く“お仕事”としてやらないで、仕事の合間にできる“遊び”のような感覚でやりたいということだった。それが、ちょうど墨絵に凝っていた時期でもあったので、画ニメ製作の依頼を受けたときにスタンスと技法がうまくマッチしたんです。
phofa
仕事の合間に描いていたモノがどんどん膨らんで、最終的に200枚(笑)。
天野
そうですね(笑)。画ニメのお話をいただく前に、適当に描いていた墨絵が数十枚ほどあったんですけど、それを基にした木村監督の絵コンテができてから、どんどん描き足していったら、今度は描きすぎちゃって使わないほどの分量になっちゃった(笑)。でも、撮影の最後の方は結構タイトでね。スタジオで必要なカットを描いたりもしました。
phofa
撮影中に?
天野
そう。で、描いた直後は水分を多く含んでるから乾くまで待つんですよ。結構よく描けたなと思って次の日に見てみると、墨がにじんじゃって絵にならなかったりとか(笑)。それに、乾くと約20%薄くなるんですよね。でも逆に、にじんだ方が良い雰囲気になる場合もあるから面白いんです。
phofa
墨絵の魅力にどっぷりとハマッていた時期だったんですね。
天野
白黒であるがゆえに色を想像させるんです。例えば、黒澤 明監督の『赤ひげ』なんてモノクロだけど、赤ひげっていうくらいだからさ、赤いひげだったような気がしちゃうんだよね(笑)。記憶とか夢とかって意外とモノクロだったりするでしょ。でも、想像力が勝手に自分で色をつけるじゃない? それが逆にこう、いいのかなって。色が付いていることでイメージが限定されちゃう気がして。色の持つ力ももちろん大事ですけど、モノクロっていうのは自分の想像上で色をつけられるから、やってみたいなと思って。
phofa
和紙に絵を描くという作業は昔からやられてた?
天野
いや、ほぼ初めての試みでしたね。これ、ちょっと話が飛んじゃうんですけど、陶芸を少しかじってまして。まあ、自分で作るというか絵付けをやってるんですね。で、陶芸の箱に押す印鑑を作るために京都にいったんですよ。たまたまそこに和紙とか筆とか売ってて、ちょっとおもしろそうだから買ってみたんです。それで試しにいろいろ描いてみたらそれが楽しくてね。水墨画のような柔らかい奥行きのある絵が描きたくて……、墨っていうのは何とも言えない奥行きが出るんだよね。だから、絵のひとつの表現方法として墨をちょっとやってみたかったなっていう……。
phofa
紙質や墨の濃さによって、様々なバリエーションが生まれますよね。
天野
そう!! 一時はもう何百枚って描いたかなぁ(笑)。それでもまだ和紙がいっぱい残ってるんですよ。香港で色んな種類の紙を買ってきてしまって。和紙って薄いから、一束何百枚ってあるんですよね。
phofa
絵を描くスピード感やテンションは普段と違って変わりますか? 例えば、ファイナル ファンタジーのキャラクターようなテイストの絵と比べて?
天野
実は、あれも描いている時間は短いんだけどね。でも、鉛筆の下書きがあって、色付けをするでしょ。筆の場合は下書きもなにもなく、いきなり始めてしまうわけだから。いつもと違う感覚はあるかも知れない。昨日の夜も100枚くらい描いたよ。止まらなくなるから、深夜1時までに止めようと決めないと描き続けちゃう(笑)。
phofa
墨絵は今後の作品づくりのスタンダードになり得ますかね?
天野
バリエーションのひとつになってくるでしょうね。絵描きもそうだけど、アーティストってね、何でもありだと思うんですよ。一つのやり方で表現しなきゃいけないって決まりもないし。これ、ちょっとおもしろいんですけど、僕の場合はキャラクターを描くと、その絵をイメージソースとして、第三者(クライアント)が何か新しいモノを生み出すんです。製品に必要なモノのベースを作るのがお仕事なので、極端なことを言えば、僕の原画なんて実はどうでもいいんですよ。何の絵の具を使おうが素材が何だろうが、そのイメージを相手が欲しがっているっていうことだけなんですよね。これだって墨で描いてるんだけど、何かのフィルターを通して製品として使われた場合、墨で描いたってことは関係なくなる。そういう、ちょっと変な立場でもあると。まあ、そういう仕事なんですよね。でも、画ニメっていうのは、そのままの絵が映像になっているでしょ。一枚ずつが作品になり得るんです。それが僕にとって魅力的なんですよ。
phofa
アニメーションとはまた違う魅力なんですか?
天野
アニメーションの場合は、どのパートに関わってくるかによって違ってくるけど、アニメーターの人は原画を描いて動かすほうにいくし、演出の人は絵コンテを描いてそれを見る。複数の人々が携わることで“動いているもの”として完成するでしょ? もちろん、全てをひとりでこなす方もいるけれど。画ニメは、連続しているように感じられる静止画が描ける点が良い。僕にとって、絵には理由が必要なんです。その絵の存在理由、絵の前後の時間を想像させて、周りにあるストーリーを意識下に感じさせることが重要なんです。
phofa
一枚絵が存在するだけで、観ている人へ想像が勝手に広がっていく感覚を与えたいということですか。
天野
そうですね。僕はドラクロワの絵がすごく好きで、ルーブル美術館に行くと、いつも長い時間をかけて観てしまうんですよ。躍動感があって、全ての作品に見えない前後が感じられるんです。ドラクロワの作品を見ると、絵っていうのは架空の世界を作れちゃうんだって思わされるんです。まあ、映画もそうなんですけど。なんかね、やっぱり絵の世界がすごく楽しい。
phofa
では、そろそろ次の作品『鳥の歌』についてのお話を。『Fantascope ~tylostoma~』がモノクロで西洋的な物語でしたが、二作目『鳥の歌』がカラフルで和風。真逆のアプローチになっていますよね。それは、どのような心境の変化があったからなんですか?
天野
まず、今度は単純に「色を使って表現したい」と思ったから。それと、和風作品って描いたことがなかったから挑戦してみようかなと。あとは『Fantascope ~tylostoma~』の登場人物は青年と女という、ある意味いつもどおりの設定だったけど、今度は少年と少女の物語を描きたいなと思って。特に、少女の艶っぽさを描いてみたいと。それには色彩による艶やかさが必要だった。でも、やってみようと思っていた反面、まったく自信がなかったんですよ(笑)。今思えば、少女よりも少年の方が難しかったかなぁ。
phofa
先生の作品でよく見られるのは青年や大人の女性ばかりですものね。
天野
そうなんですよ。少年っぽいのを描くと、どうしても妖精的な可愛らしいものになっちゃったりして。一般的な少年像を想像しながら描くことがなかったからね。本当、挑戦だったんですよ。
phofa
描いているうちにキャラクターが自分の予期せぬ方向に変わっていく……、完成していく感覚は得られましたか?
天野
まずね、キャラクター作りをラフ画で始めたんです。少年の目を涼しい印象にしようかな、あんまり二枚目にしてはいけないな、とかね。少女にしても髪型がおかっぱだったりロングだったり、どんどん変わっていきました。通常の映像作品だと、きちんとした設定があるわけだから、ずっと同じ髪型・服装だったりするじゃない。でも、これ画ニメだし、『鳥の歌』自体が大人になった少年の記憶を描いたものだし、次第に設定を作らなくていいかなと思ってきた。結局、前後の脈絡を無視して少女にドレスを着せちゃったりしました(笑)。
phofa
それで夢をみているような感じに仕上がったんですね。
天野
唐突に違う服を着てたりって、夢で実際にあったりするでしょ。夢を見ている本人には違和感がなく、勝手に話が進んでいってしまう感覚。まあ、通常のアニメ作品でそんな説明もなしに見せるんだったら、あり得ない話なんだけどね。すべて自分で描くものだからやってしまえと。あとね、同じものばかり描いてると飽きちゃう性分なんです(笑)。服や鎧にしても、全然違う模様が描きたくなっちゃう。画ニメなら、これが許されるんですよね。
phofa
作り手としての心の揺らぎを大事にした、ということですよね。
天野
まともな設定があって、複数の人が携わっている場合、こんなやり方は絶対にナシでしょ。でも画ニメは僕一人の作画だから。それに、基準となる設定を少しばかり無視して、余計なものを描くことによって生まれる新しい発見もあったんですよ。それがおもしろかった。そういう、絵描きとしてのわがままを通せたことは結果的に良かったです。我慢せず、好きにやっちゃえばいいんだっていう。
phofa
先生の作品は輪郭が決定されていない、幻想的な印象ですものね。設定上の正しい線を描くってことは、その揺らぎをなくすことに繋がる。それは先生の絵ではないと思うから、それが良かったんでしょうね。さて、最後の質問になりますが、画ニメの第三作目はあるんでしょうか?
天野
実は、あるんですね。まだ考え中ですけど。画ニメって、こうでなければならないという定義が曖昧でしょ? だから色んなことができるんです。やり方次第で、これまでに表現できなかったことができるかも知れない。それだけにまだ内容は定まっていませんが、試行錯誤しながら作れれば良いですね。



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