<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/'><id>tag:blogger.com,1999:blog-3148141928651134153</id><updated>2008-06-16T21:26:44.175+09:00</updated><title type='text'>宇留野隆雄</title><link rel='alternate' type='text/html' href='http://www.phofa.net/column/uruno/index.htm'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3148141928651134153/posts/default'/><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='http://www.phofa.net/column/uruno/atom.xml'/><author><name>phofa</name><uri>http://www.blogger.com/profile/06145975798026471419</uri><email>noreply@blogger.com</email></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>7</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>25</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3148141928651134153.post-2265187950886684930</id><published>2008-06-16T18:38:00.004+09:00</published><updated>2008-06-16T21:26:44.214+09:00</updated><title type='text'>それぞれのYasukuni / 美術の現場から</title><content type='html'>&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/iswanto07--hi-751445.jpg"&gt;&lt;/a&gt;&lt;span&gt;&lt;span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/iswanto07--a-713125.jpg" border="0" alt="" /&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:small;"&gt;イスワント・ハルトノ展　2007年12月17日〜26日　Gallery K&lt;/span&gt;&lt;div&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:13px;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:small;"&gt;　様々に論議を呼んだ李櫻監督のドキュメンタリー映画『靖国  Yasukuni』は、一時は上映自粛の動きが広がるなど紆余曲折を経ながらも一般公開が実現し、多くの観客を動員しています。私たちの社会はしばしば「表現の自由」に関して逃げ腰であることを露呈しますが、今回「批判も擁護もまずは観てから」というまっとうな進展を見せたことは、喜ばしい限りです。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:small;"&gt;　この映画が注目されることになる少し以前、昨年末にギャラリイKではインドネシアの作家が、やはり「靖国」をテーマにした個展を開催しました。作家のイスワント・ハルトノ（Iswanto Hartono）は1972年生まれ、日本の感覚で言えば全く“ 戦争を知らない ” 世代に属しますが、その美術表現において常に「戦争」というものを大きなモチーフとしています。その理由として、ひとつには彼が「歴史」に大きな関心を持っていることがあります。自分という存在をつくりだしているものとして、自分が属する社会の歴史的経験、過去の記憶が非常に重要な要素となっている、というのが彼の考え方です。一方で彼は、現在の問題としても社会に生きる人間すべてにとって、戦争という事象は生活の中に組み込まれ、それから逃れることはできない、と感じています。それは政治、経済の権力闘争が引き起こしている現実の暴力として、また同時に映画やテレビ、コンピューターゲームなどのイメージの世界における「武器」や「戦闘」への欲望としても、我々の存在に浸透してしまている。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:small;"&gt;　その彼が「靖国」という問題に深く入り込むようになったきっかけは、日本人の若いアーティストたちへの「靖国神社についてどう思う？」という彼の率直な問いに対して、多くの答えが「それは微妙な問題で、簡単には答えられない・・・」というものだったからだと言います。そして「いずれ、答えはメールで」と言って別れたあとも、返事は誰からももらえなかったのだそうです。いったい何がどう、難しいのか。なぜ答えにくい問題なのだろうか。そこから彼の探求は深まり、やがて現代の東京での、つまり「生きた靖国の地」での個展へと結実しました。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:medium;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/iswanto07--b-720781.jpg" border="0" alt="" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:small;"&gt;　イスワント氏が日本の過去の戦争をテーマに創り上げた今回の作品は、非常に印象深いものでした。特筆すべき点は、その眼差しがとても不思議な暖かみをもつものだったことです。その暖かさはどこからくるのだろう？・・・おそらくそれは、彼が日本人の先の戦争に対する思いを「感じ取ろう」としているからなのです。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:small;"&gt;　作品の素材として彼が主に用いたのは、アメリカの写真誌『ライフ』の1970年代に発行された太平洋戦争特集号に掲載された記録写真です。そこから彼が選んだのはいずれも日本の軍隊、あるいは戦争に携わった人々の現実を映し出したものですが、どのような場面を選んだかに彼の作品の特徴と意図がよく現れています。例えば、ピアノを弾く青年とそれを囲む若者たち。彼らは神風特攻隊員です。新橋の芸者さんたちが自分たちの組合で軍に寄付したという飛行機の前で記念写真に収まっている場面。劇の稽古で銃の構えを軍人に教わっているクラブの踊り子さんたち。戦地でドラム缶の風呂につかっている兵士たち。輸送船の同じ船室で横になって寛いでいる兵士と慰安婦の女性・・・　女性の姿が数多く登場し、兵隊の人々についても、戦場での過酷な経験ではなく、むしろ私たちと変わらない人間としての日常的な行為が多く観られます。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:small;"&gt;　この「日常」という要素は写真の内容とともに、展示の構成としても仕組まれていました。壁を覆う大きな写真は、ビニールの布にプリントされてカーテンのように吊り下げられ、装飾的なフレームを施された小さな写真には、さらに奇麗な香水のボトルが添えられました。そして天井からはクリスタルビーズを編み、旭日旗をあしらったシャンデリア状の輝くオブジェが吊り下げられています。私たちが居住空間を快適にしようとする趣味的な要素、インドネシアの文化的な背景を思わせるデコレーションと甘い香水の香り・・・。日本人の「戦争」をこのように描くイスワント氏の意志とは、いかなるものでしょうか。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/iswanto07--gf-786556.jpg" border="0" alt="" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:small;"&gt;　表現者としてのイスワント氏が選んだ方法、それは、自分の体験と感情を主観的に表現することや、逆に外側から客観的に事実を語り、評価すること、そのいずれとも異なる、第三の方法としての「理解すること」だったのだと思います。「理解」とは、何かを自分の考え方の中に取り込むことではなく、その対象に接近しようとすることであり、そこには「想像力」が必要です。それはあくまでも「他者」であるからこそ可能であり、また「他者」であるゆえに不可能かもしれない、そんな方法です。そしてこの「理解する」という方法によって、イスワント氏が私たち日本人に向けて発しているメッセージ、それは「共に考えよう」ということではないでしょうか。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:small;"&gt;　もちろん「理解すること」と「肯定すること」とは異なり、日本人がこのとき行った戦争が、主観的な大義がどうであれ事実としてアジアの国々に対する軍事侵略であり、植民地化であったということ、そういう観点からの批判と反省を主題にした議論が重要であるのは言うまでもありません。イスワント氏の選んだ写真に映し出されたものも、事実としてよく観れば、いかに静かな空気の中であれ、まぎれもない戦争、その遂行者たち、そしてまた戦争に参加し、あるいはその道具に貶められた女性たちなのです。しかしその、いわば戦争の「常識」としての悲惨、残虐、加害と被害をクローズアップするのではなく、むしろ私たちの日常的感性をまず入り口として用意し、「想像力」によって「想い出す」ことへと観る人々を誘うのがイスワントさんの方法だったのです。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:medium;"&gt;　&lt;br /&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/iswanto07-05-711569.jpg" border="0" alt="" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:small;"&gt;　また、よく見ると展示された全ての写真の中には、イスワント氏自身の姿が合成で入り込んでいます。必ず愛用のモデルガン「AK-47」（現代の世界の戦場において最も普及している小銃）を手にして。しかもそれらの姿はどこか楽しげであったり、のんびりとした表情を見せているのです。ここで彼は、私たち日本人の戦争の歴史に入り込もうとすると同時に、自らもまた戦争の歴史のもうし子であるということ、そして現在も様々に戦争を生起させている世界、その構造からは誰も逃れられないということをさらしてみせます。そしてこれもまた重要な要素として、彼自身が展覧会の直前に東京で行ったインタヴュー『靖国神社についてどう思いますか』、その録音された日本人の人々の音声、とまどいながら訥々と語る若者や、熱く主張する年配の人物、いずれもおそらく何はばかることない本音と思われる言葉が、会場に常に流されていました。&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:small;"&gt;　たとえ「理解し合う」ことが最終的に不可能だったとしても、「共に想い、考える」ための場所をつくり出すことが、未来に向けての希望となる。そしてまた、それが「アーティスト」としての役割なのだ。イスワント氏の表現は、そう私たちに伝えくれたのだと思います。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/iswanto07-love-773678.jpg" border="0" alt="" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:small;"&gt;　靖国神社とは何だったのか。この一つの問いをめぐって、さらにイスワント氏の個展に先立って、東京・茅場町の画廊 Gallery Maki でも韓国人の作家、洪成潭氏が「靖国」をテーマにした個展を開催しました。かつて日本に直接植民地支配を受けていた朝鮮の戦後史を生き、自らも民主化運動に参加し、投獄、拷問という過酷な体験をしている洪氏の靖国に対する表現は、同じ美術作家であってもイスワント氏とはかなり異なったまなざしを感じさせます。軍刀や骸骨などのモチーフは暴力、死、恐怖などを直接にイメージさせ、戦争を遂行し美化しようとする権力を容赦なく告発していきます。同時にその批判意識は日本の戦争の告発だけには留まらず、かつての自国の軍事政権をはじめとする、その後のアジアの歴史に引き継がれた暴力をもとらえています。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:small;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;span class="Apple-style-span"  style="font-size:small;"&gt;　中国、インドネシア、韓国、様々なアジアの国の表現者が、いま「靖国」についてそれぞれの視点から作品をつくり、私たちに向けて発信しています。そのことが私にはとても意味深いことに思えます。「他国の人々が日本の過去を断罪しようとしている」と感じるのか、「アジアの人々が、アジアの歴史について考えようとしている」と捉えるのかによって、コミュニケーションのあり方は大きく変わってしまうでしょう。やっとこれから、本当の対話が始まるのではないでしょうか。そして私たちは、どう語るのでしょうか。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/iswanto07-love~-713144.jpg"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/iswanto07-love~-713141.jpg" border="0" alt="" /&gt;&lt;/a&gt;</content><link rel='alternate' type='text/html' href='http://www.phofa.net/column/uruno/2008/06/yasukuni_16.html' title='それぞれのYasukuni / 美術の現場から'/><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://www.phofa.net/column/uruno/atom.xml' title='コメントの投稿'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3148141928651134153/posts/default/2265187950886684930'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3148141928651134153/posts/default/2265187950886684930'/><author><name>ギャラリーk 宇留野</name><uri>http://www.blogger.com/profile/13023321863403775427</uri><email>noreply@blogger.com</email></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3148141928651134153.post-8809116891090917283</id><published>2007-11-21T13:01:00.000+09:00</published><updated>2007-11-21T13:08:46.278+09:00</updated><title type='text'>" Working Time for Imagination "</title><content type='html'>　&lt;br /&gt;   &lt;br /&gt;今回は、私の画廊のスタッフの川村英子さんが考案した、ひとつの「アート」をご紹介します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;題名は　" Working Time for Imagination "&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;内容はとてもシンプルで、一言でいえば「想像して働く」ということです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　たとえばあなたが世界の貧しい地域で労働力として売られている子供たちのことに心を痛めていたとする。そうしたら、自分の日々の仕事の中で、ある一定の時間を決めます。たとえば月に一度、1日の１時間。その時間の労働を子供たちのために割り当てます。仕事の内容はあなたが勤めている会社での仕事でも、家事労働でも、ボランティア活動でもかまいません。ただ、その１時間は、必ず「子供たち」のことを想いながら働くのです。仕事の内容と結果は、直接に目的と結びつかなくてもいい。「他者への想像力を保ちながら働く」ことが、この行為で最も重要なことです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　次に、この行為に対して、自分が、自分自身に報酬を与える。例えば30分＝500円、１時間＝千円など、その金額をプールしていきます。貯金箱でも、銀行口座でも。そうして半年あるいは１年ごとに、貯まった報酬を、たとえば、第３世界の子供たちの教育基金などに寄付する。つまりあなたは、子供たちの自立のために自分の「社会的時間」を創り、働いたのです。あなたの勤めている会社はもちろんそのためにあなたに仕事を与え報酬を支払ったわけではないのでしょう。しかしあなたは自分の想像力で労働の意味と報酬の目的をつくり出したわけです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　どうでしょう？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この行為のポイントは、普通の人が個人の実践として、自分の想像力次第でいつでも、どこでも、どんな仕事をしていても可能だということ。さらに、ただ目的のために寄付をするということだけではなく、人びとのために働く「社会的時間」という価値を、日々の日常のなかに自分の想像力によって創っていくということ、それによってあなたの時間と空間が変わります。そこに楽しさ、自由さ、豊かさがあるということです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　川村さんはこの行為を最初は、ある市民大学のゼミの中で提案しました。これからの社会の豊かさはひとりひとりが、どれだけ「社会的時間」を持つかということにかかっている。「報酬を得るため」から「人々のために働く」ことへ「仕事」の意味を変える。物質ではない、新しい「社会的富」の創造。そこでは「想像力」が鍵になる。それが川村さんのコンセプトです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この行為は、形式的にはプロスポーツのスター選手が、例えば「盗塁一回成功につき車椅子1台を寄付する」という社会貢献をするのと似ています。もしその選手が「自力で走ることができないひとたち」のことを想いながら次のベースめがけて疾走していたとすると、まさに同じと言えるかもしれません。しかし、実際には彼は試合に勝つために全力を尽くしているはずですから、それは非常に難しいであろうと、すぐ思い至ります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　アートは文字通り美を実現するための技術です。技術を競うのが目的ではありませんが、純粋さや熱意だけで美を実現できるものではないということは、ちょっとでも美に挑戦したことのある人なら思い当たることですね。だからこそアーティストは尊敬に値するとも言えます。そしてその「技術」とは手技の熟練の場合もあれば、「心のもち方」であることもあります。私も実はこの" Working Time for Imagination "にチャレンジしていますが、シンプルで楽しい反面、続けることは難しい。やはりこれも「アート」なのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　皆さんもトライしてみませんか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/kawamura-761652.jpg"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/kawamura-761646.jpg" border="0" alt="" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;H.K氏作品と川村さん</content><link rel='alternate' type='text/html' href='http://www.phofa.net/column/uruno/2007/11/working-time-for-imagination.html' title='&quot; Working Time for Imagination &quot;'/><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://www.phofa.net/column/uruno/atom.xml' title='コメントの投稿'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3148141928651134153/posts/default/8809116891090917283'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3148141928651134153/posts/default/8809116891090917283'/><author><name>phofa</name><uri>http://www.blogger.com/profile/06145975798026471419</uri><email>noreply@blogger.com</email></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3148141928651134153.post-208016454113416771</id><published>2007-10-12T12:55:00.000+09:00</published><updated>2007-10-12T12:56:42.733+09:00</updated><title type='text'>今秋も大注目！大巻伸嗣について話そう　- その2 -</title><content type='html'>　大巻伸嗣の美術活動において最初の大きな飛躍を示したのは、2002年に始まった「ECHO」のシリーズだったと思います。それは東京ワンダーサイト、岡本太郎美術館、資生堂ギャラリーでの展示を経て、いま開催中の愛知県美術館「Cycle and Recycle」展での作品へと続いています。まばゆい光が満ちる空間、白いカーペットに原色の顔料で描かれた花模様、それは人が歩くたびに滲んでいき、しだいに茫洋とした色彩の海へと変わっていく。このときから彼の作品は、画廊であれ、美術館であれ、お店であれ、どこで行われるにせよ「既にある場所に作品が置かれる」のではなく「ある場所が、全く別な場所に生まれ変わる」という形式をとるようになっていきます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　では、どのような場所に成るのかというと、色彩や、形や、光、そしてときには音が混じりあい、何か磁場のような、密度や圧力が高まった空気が観客を包みこむ、とでも言いましょうか。その「空気」はその中で自由に動きまわれるとか、人を“癒す”というような柔らかいものではなく、逆に自分の存在や動き、呼吸すらも意識せざるを得なくなり、観客にある種の緊張を強いるものです。例えば2003年の「Liminal Air」。狭いトンネルのような入口をくぐると現れる空間には、向う側からこちらへと、石膏の造形物が砂地の床すれすれから天井に向けてせりあがりながら迫ってきていて、その奥の暗闇からは断続的な電子音が、背後からはまばゆい光が押し寄せる。いったい何が起きているのか？　ここはいったいどこなのか？　真っ白な石膏のフォルムや海辺を思わせる砂地の美しさに不可解さが増します。後になってその造形物が人の輪郭を型どったものであり、巨大な金型を作って、大勢で振り子のように動かして石膏を削りだしたものであることを知りましたが、その制作方法も何か常軌を逸している感があり、凄いことを考え付くものだと思いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この「金型で人型を削りだす」という手法は2000年の「AMBIVALENCE」（ギャラリイK）でも使われていて、このときは床から天井まで達するカラフルな柱が林立しましたが、石膏の原形をろくろのように回転させて削り出し、FRPにおこし、人工漆でやはり回転させながら彩色したものでした。「Liminal Air」の場合も「AMBIVALENCE」も、ひとの輪郭をかたどっているのですが、いずれもモノの形はネガで、その外側が人の姿になっています。逆に言えばモノ自体は、人と人の間に拡がる空気を形象化したものなのです。「空気」が形、密度、質量を備え、あるときは極彩色が回転する柱状の物体となり、またあるときは頭上に迫りくる白い物体として現れる・・・つまり「人と人のあいだの空気を彫刻する」・・・このことに大巻伸嗣の表現の核がある、そう言ってしまうのは早計かも知れませんが、彼が人間というものを、その実体的な形を造形することではなく、むしろその姿が消えたところに残るもの、眼に見えない何か、空間に満ちみちたエネルギーのようなものとして表現しようとしているのは確かだと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼の作品のもう一つの特徴として、空間造形が完璧に出来上がったとしても、作品はまだ完成ではなく、観る人がそこに加わって初めて成立するものだということがあります。その意味は、五感を働かせて空間に触れる「体験」の作品だということもありますが、それ以上に造形自体として、観客が加わった状態で観るべき作品だという気がします。つまり自分以外の他者がその空間に存在しているのを観たほうが、より作品の意味が伝わるということです「AMBIVALENCE」や「Liminal Air」のように人の輪郭を用いた造形が、観客のシルエットと呼応する場合は、その一番分りやすい例となります。また、床全体に鏡とアクリル板が重なったものを敷き詰め、そこに地図の等高線のように重なりつつ拡がる白い線を描き込んだ「MUGEN - FIELD」（2004年、ギャラリイK）も、床に映り込む人びとの姿があっての作品と言えると思います。そして先日の「Cycle and Recycle」展のオープニング。大巻伸嗣はまず最初に子供たちが作品「ECHO」に入っていく時間を設けました。私たちは色鮮やかな顔料で描かれ整然と秩序をもつ花園に初めて子供たちの足跡が印されていくのを周囲から見守っています。そのときギャラリイKスタッフのEさんは大きな感動を覚えたと言います。「大巻君がなぜ作品を作り続けているのか、分かったような気がする」と・・・。おそらく自分が踏み込んでいくことにも増して、子供たちと作品が生み出す関係を観ることが、より深い理解を生み出したのでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　大巻伸嗣の作品は、混沌をむき出して拡げて見せたかのような出発期の作品から、ほぼ10年を経過しつつ、より緻密な形式、美しさと強さを増してきています。が、まだまだ始ったばかり。今また韓国、中国での新作が、このphofa.netの彼のブログでも紹介されてますね。写真で見たところ・・・これはどうなっているのか？？？・・・実際行ってみなければ分かりません。&lt;br /&gt;　さらに来月、金沢21世紀美術館にも登場するという大巻伸嗣作品。期待はますます大です！</content><link rel='alternate' type='text/html' href='http://www.phofa.net/column/uruno/2007/10/2.html' title='今秋も大注目！大巻伸嗣について話そう　- その2 -'/><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://www.phofa.net/column/uruno/atom.xml' title='コメントの投稿'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3148141928651134153/posts/default/208016454113416771'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3148141928651134153/posts/default/208016454113416771'/><author><name>phofa</name><uri>http://www.blogger.com/profile/06145975798026471419</uri><email>noreply@blogger.com</email></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3148141928651134153.post-7396817703014273051</id><published>2007-09-02T01:12:00.000+09:00</published><updated>2007-09-22T14:57:44.119+09:00</updated><title type='text'>今秋も大注目！大巻伸嗣について話そう　- その1 -</title><content type='html'>　このPhofa.netのブログでも活躍中の美術作家、大巻伸嗣君。まもなく開催される愛知県美術館の企画展『Cycle and Recycle』で彼の作品を体験できるのは嬉しい限りです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ここ数年の大巻伸嗣の作家としての飛躍には眼を見張るものがあります。数々のギャラリーでの個展、公募展での受賞、そして美術館企画への招待、さらに海外での発表とその活動の場を拡げつつ、どの発表でも観る者の心身を包み込んで刺激する、そして美しい空間づくりで驚かせてくれます。いったいこの表現のエネルギーはなんなのだろう？　次には何を見せてくれるのだろう？　そしていったいどこへ進んでいくのだろう？　彼はそんな問いをいつも私に与えてくれるのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　大巻伸嗣と初めて会ったのは1998年、彼が私のギャラリーで初めて個展をするために、相談に来てくれたときでした。作品ファイルを見せてもらったり、制作の考え方を聞かせてもらいながら、まず感じたことは・・・この人は何を考えているのか、よくわからん・・・でした。たぶん、大巻君自身も、もどかしく感じていたでしょうが、その頃に彼が熱気とともに私に投げかけてくる言葉の数々は、私の頭の中でうまく像を結ぶことなく、まあ百聞は一見にしかず、とにかく個展を見せてもらおう、と。そして実際に始まった展覧会で私が観たものは・・・布やスポンジやゴムなどが紐でぐるぐる巻かれてまるで臓物のように見えるうねうねした物体。それは延々ととぎれることなく画廊の中にとぐろをまき、つみかさなり、こんがらかっていて、観客はその中に踏み込んでいかねばならないのです。確か全長数キロはあると彼は言っていましたが、そんなものが、色とりどりに、様々な質感、触感を伴って、よろよろと足もとがおぼつかない観客に迫ってきます。こ、これは何なんだ？　実際に作品に接しても「わからない」という感覚はおさまるどころか、より強くなるばかりです。&lt;br /&gt;　いまから思えば、彼が表現しようとしていたものは、まさにこの「わからない」ということなのだろう、ということでした。自分であれ、他人であれ、なぜだかわからないが、確かに「存在している」ということ。なぜだかわからないが自分を、他者を、確かに「感じている」ということ。人間とはまさにそうなのだと思いますが、同時に人間は「わからないと生きていけない、ぜひわかりたい」と思う動物なので、いずれは人生の、生活の意味を見つけだして暮すようになる。しかしそういう意味付けには安心できない、いや、大いに疑いを感じる、ただ「生きている」ということだけが真実だ、ほんとうは何もわからないんじゃないのか？　そう感じるのが、アーティストという人びとのなのでしょう。&lt;br /&gt;　展覧会中のある日のこと、家族連れの観客が来場、兄弟らしき小学生低学年ぐらいの男の子どうしが、このうねうねにょろにょろをお互いに巻き付けあって遊びだしました。子供たちは次第に興奮状態となり、ついには泣き泣きのけんかになってしまいましたが、きっと彼らもなんでけんかになったのか、そもそもなんで面白かったのか、わからないでしょう・・・でも、忘れがたい体験になっただろうと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　現在の彼の作品の洗練と比べれば、まだ荒削りで「実験」という言い方が相応しかったかもしれませんが、言葉も、モノも、私の理解しようとする心を混乱させてしまった大巻伸嗣のギャラリイK初の個展（1998年　題名『INSIDE OUT』）は、その後の作品世界の目覚ましい展開を予感させる出来事だった、そう思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（つづく）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※愛知県美術館『Cycle and Recycle』展の情報はこちら&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www-art.aac.pref.aichi.jp/exhibition/index.html" target="_blank"&gt;http://www-art.aac.pref.aichi.jp/exhibition/&lt;/a&gt;</content><link rel='alternate' type='text/html' href='http://www.phofa.net/column/uruno/2007/09/1.html' title='今秋も大注目！大巻伸嗣について話そう　- その1 -'/><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://www.phofa.net/column/uruno/atom.xml' title='コメントの投稿'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3148141928651134153/posts/default/7396817703014273051'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3148141928651134153/posts/default/7396817703014273051'/><author><name>phofa</name><uri>http://www.blogger.com/profile/06145975798026471419</uri><email>noreply@blogger.com</email></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3148141928651134153.post-3035432464293692360</id><published>2007-07-20T15:44:00.000+09:00</published><updated>2007-07-23T12:38:42.852+09:00</updated><title type='text'>越後妻有の夏　　- あしたの国のお話　その2 -</title><content type='html'>&lt;a href="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/tanada-784472.jpg"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/tanada-784467.jpg" border="0" alt="" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それにしてもここ数年の新潟地方を襲う災害の数々、いったいどうしたことでしょう。大地震、記録的豪雪、集中豪雨、かと思うと雪が降らずにスキー場に大打撃、そしてまた大地震。被害にあわれている地元の方々のご苦労は、経験のない自分には想像を絶するものがあります。&lt;br /&gt;　一方で近年私は全く別の理由で、新潟という地域に大いに関心を持っていました。それは過去3回にわたって行われたアート・イベント「大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ」を体験し、非常な感銘を受けたことによるものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　“越後妻有”(えちごつまり）というのは十日町市（旧：十日町、川西町、松代町、松之山町、中里村）と津南町を含む地域の名前なのだそうで、長野県に近い信濃川流域、上越新幹線や関越自動車のラインからは峠をひとつ越えた一帯です。交通の大動脈からはずれていること、日本一の豪雪地帯であることなどから若年層がどんどん流出して過疎がひどく、地域の産業・文化をどうやって衰退から救い出すかが大きな課題になっていました。実際、「大地の芸術祭」がなかったならば、私も“妻有”という呼び名を全く知りませんでしたし、もしかすると一生その場所に足を踏み入れなかったかもしれません。&lt;br /&gt;　2000年に第一回が開催された「大地の芸術祭」は、そもそもは新潟県という自治体の地域振興事業の一環として立ち上げられたものですが、そのユニークさは地域の活性化を企業の誘致や地場産業の育成とかいう経済行為ではなく、まずそこがどんなに素晴らしい場所であるかを人びとに知ってもらう、好きになってもらう、そのためにアートを用いたこと、そのために芸術家と住民の人びとが協力しあって、越後妻有の自然・文化の特質、豊かさ、埋もれている価値を輝かせようとしたことだと思います。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　昨年夏に行われた第3回では、テレビ新聞をはじめ主要メディアでさかにとりあげられられ、期間中数十万人の観客動員があったと言いますから、私の説明などより深くご存じの方も多いかと思いますが、それにしてもなぜそんなに、このアートイベントは人をひきつけたのでしょう。それはたぶん“越後妻有アートトリエンナーレ”を観るという行為がひとつの「旅」だからなのだと思います。この地方特有のじりじりと焼かれるような真夏の暑さのもと、燃えるような緑の山々や、信濃川の広大な河岸段丘、人々の生活する街や集落の中に点在する300を超える作品群を訪ねて歩こうとするならば、それはもう「展覧会を観る」と言う次元ではなくなってきます。もちろん、ジェームズ・タレル、ボルタンスキー、アブラモビッチをはじめとする世界的な作家の完成度の高い作品を鑑賞できるということも、大きな魅力ではありましたが、何よりもイベントが行われる場所の空間的な広がり、6市町村（合併前）にまたがるというスケールの大きさが、見知らぬ土地に対する観客のの想像力をかき立てたということもあるでしょう。関東で生まれ育った自分には、越後妻有という土地は異国のように思えました。パラソルを閉じたように尖った針葉樹とむくむくと膨らむ広葉樹の混ざりあった森に彩られ、どれほどの年月を経たのか岩石の摂理のように山肌に刻み込まれた棚田。山あいの小さな集落の、豪雪に堪えてきた木造民家の堂々たる姿。それだけでも十分に感動的なこの美しい土地のそこかしこに登場する様々な美術作品は、さながら童話の国を案内する妖精のような役割を見事に演じていました。誘われた自分もいつのまにか物語の中の旅人となるのですが、物語の主人公は、あくまでも越後妻有という土地、文化、人々なのです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　近代の芸術は作家という個人の精神の自由こそが優れた表現を生みだすという信念のもとにどんどん進んでいきましたが、ここ「越後妻有」には個人の創作を際立たせることを目的とする「展覧会」というものとは全く異なる芸術のベクトルがありました。この芸術祭を構想段階から主導し、成功させたアートディレクター北川フラム氏は、昨年のギャラリイKでのレクチャーにおいてこう述べています。「越後妻有」において作家はまず「自分の作品を他人の土地に置く」ことの意味を考え抜き、またその困難を克服しなければならないと。実際作家諸氏は自分の「作品」を、なぜその場所に置くのかを地元の人びとに理解してもらえるまで長い時間をかけてコミュニケーションをとり、実際の制作も人びとのとの協働によって行う、つまり作品というものの価値を共有することによってしか成立しないような芸術行為を行ったといいます。確かに農地であれ、里山であれ、民家であれ、商店であれ、そこは誰かの土地、誰かの生活の場所ですから、他人である芸術家が何かをそこですることが歓迎されるということはむしろ希で、何らかの軋轢を生むのが自然でしょう。芸術の名のもとに自分たちの大切な生活の場をただ利用されるというのでは反発して当然です。一方、作家の側も、自分の表現活動がただ地域振興の観光イベントの道具だとしたら本意ではないでしょう。人びとが自分の生活の中でその価値を享受でき、芸術作品としても輝いて観る者に感動を与える、それはとても難しいハードルだと思います。実際、大地の芸術祭で展示された数百の作品の中には、いつまでも心に残るであろうすばらしい作品もあれば、残念ながら失敗と思える作品も数多くあります。けれども玉石混淆それもまたよし、と思えるところも「旅」のよさなのです。&lt;br /&gt;　そのような結果として何が起きるか・・・　私のことを言えば、その場所をとても好きになりました。「越後妻有」という場所が私に多くのものを与え、多くのことを考えさてくれたのです。とりわけ自然と人間を結ぶ農耕という行為の価値について理屈ではなく、実感できたと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかし問題は、そのような大切なものが今まさに壊滅の瀬戸際まで追い詰められているという事実にあります。美しい棚田もあとを継ぐ人がいなければ、すぐに死んでしまいます。私が好きになった越後妻有の風景が、奇蹟的に間に合った最後の輝きだったなどというのでは悲しすぎます。北川フラムさんは今やいちアートディレクターであるに留まらず、都会にすむ私たちに棚田のオーナーになることを呼びかけたり、現地に子供たちを招いてサマースクールを開校するなど、危機に瀕する越後妻有の文化を生き返らせるための市民的な運動をプロデュースすることに力を注いでおられ、「大地の芸術祭」に関連する様々な活動は毎年行われています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ところで、前回お話した千葉県長生郡にある「あしたの国 = ルドルフシュタイナー・モルゲンランド」と、この「大地の芸術祭 = 越後妻有アートトリエンナーレ」は、とくに関係はありません。関係ないのですが、私は“越後妻有”をもうひとつの“あしたの国”と呼んでみたいのです。この芸術祭が過去3回が行われたあいだには、冒頭で申し上げたように様々な甚大な災害が新潟を襲いました。普通に考えれば災害の復旧が最優先でしょうから、しばらくは芸術どころではない、となりそうですが、今では地元の方々もこのアート・イベントに寄せる期待が大きく、次回2009年も開催が決定しているそうです。私もまた必ずその場所を訪れるつもりです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「大地の芸術祭」：ご存じでない方は、以下のサイトをどうぞ。&lt;br /&gt;　http://www.echigo-tsumari.jp/&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;P.S. &lt;br /&gt;ギャラリイKが移転しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この2日に、新しい空間にてオープンしました。&lt;br /&gt;ぜひ、観にいらしてください！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;オープニング展覧会の「横谷研二展」&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/yokoya-a-738054.jpg"&gt;&lt;img style="float:left; margin:0 10px 10px 0;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/yokoya-a-738049.jpg" border="0" alt="" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;21日まで開催中の「小渕　裕展」&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/obuchi-a-776450.jpg"&gt;&lt;img style="float:left; margin:0 10px 10px 0;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/obuchi-a-776443.jpg" border="0" alt="" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="font-weight:bold;"&gt;新住所：〒104-0031東京都中央区京橋3-9-7京橋ポイントビル4F&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;Tel/Fax.03-3563-4578　galleryk@nifty.com&lt;br /&gt;&lt;a href="http://homepage3.nifty.com/galleryk/" target="_blank"&gt;http://homepage3.nifty.com/galleryk&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;　</content><link rel='alternate' type='text/html' href='http://www.phofa.net/column/uruno/2007/07/2.html' title='越後妻有の夏　　- あしたの国のお話　その2 -'/><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://www.phofa.net/column/uruno/atom.xml' title='コメントの投稿'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3148141928651134153/posts/default/3035432464293692360'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3148141928651134153/posts/default/3035432464293692360'/><author><name>phofa</name><uri>http://www.blogger.com/profile/06145975798026471419</uri><email>noreply@blogger.com</email></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3148141928651134153.post-2654592165671073368</id><published>2007-06-08T12:19:00.001+09:00</published><updated>2007-06-08T12:21:52.989+09:00</updated><title type='text'>「あしたの国」のお話　　- その1 -</title><content type='html'>&lt;a href="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-705287.jpg"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-705277.jpg" border="0" alt="" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;皆さんはルドルフ・シュタイナーという人をご存じでしょうか。&lt;br /&gt;現代美術に詳しい方であればヨゼフ・ボイスに影響を与えた芸術家として、文学に詳しい方ならミヒャエル・エンデの作品にインスピレーションを与えた思想家として知っているかもしれませんし、教育の分野では「シュタイナー教育」の創始者として有名だと思います。最近いろいろときっかけがあって私もその思想の裾野に足を踏み入れるようになりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　シュタイナーの理念に基づく運動はヨーロッパを中心に世界的な広がりを持ち、芸術、教育など文化的な活動のみならず、政治経済にも及ぶ包括的な社会改革の動きとなっているようです。ヨゼフ・ボイスは「人は誰でも芸術家である」という考え方で、人間のあらゆる活動を「社会彫刻」として捉えましたが、彼が積極的に関わった「緑の党」は現代の政治状況に大きな波紋を及ぼしました。&lt;br /&gt;その「緑の党」の基本理念はシュタイナーの「経済には友愛を、法には平等を、精神には自由を」という社会思想から導かれたものだそうです。また、私企業や銀行にも、シュタイナーの理念に基づく運営をしているものが実際にあると聞きます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　千葉県長生郡長南町というところに「あしたの国 - RUDOLF STEINER MORGENLAND - 」はあります。それはシュタイナーの思想を活かした地域共同体を創りだす試みで、敷地は21万坪、東京ドーム15個分と言いますからかなりの広さですが、バブル崩壊で頓挫した住宅開発用の土地を非常に安い価格で取得できたそうです。私はまだ行ったことがありませんが、基金へのささやかな参加者として、その「市民」となりました。&lt;br /&gt;　具体的な「場所」＝「空間」としてすでに存在しているというのは、とても魅力的なことです。空から見た写真ではこんもりと緑の里山が連なっていて「何もなさそう」ですが、そこがまた未来を感じさせていい・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「あしたの国」という活動に私が参加しようと思った理由のひとつに、その“ゆるやかさ”があります。それはひとつの社会運動で、NPO法人が主体となっていますが、参加するにあたって何か特別な組織や制度に入らなければならないわけではなく、主旨に共鳴した人がそれぞれ自分の経験や技量を活かして「教育芸術／環境福祉／健康農業／医療／まちづくり」といった様々なプロジェクトに参加できるようになっている。そもそも、来年に学校法人「シュタイナー学園小学校」が発足するということ以外には、まだとりたてて形あるものができているわけでもないようです。しかしそこが「あしたの国」たるゆえんで、これから参加する人がかなり自由に発想を活かせるかもしれない・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　なんだかとても漠然としたことを書いてしまったようですが、実際に地元の自治体や多くの企業の助成も得て、この活動は進みつつあります。「あしたの国」の可能性について、また機会を改めて考えてみたいと思います。</content><link rel='alternate' type='text/html' href='http://www.phofa.net/column/uruno/2007/06/1.html' title='「あしたの国」のお話　　- その1 -'/><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://www.phofa.net/column/uruno/atom.xml' title='コメントの投稿'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3148141928651134153/posts/default/2654592165671073368'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3148141928651134153/posts/default/2654592165671073368'/><author><name>phofa</name><uri>http://www.blogger.com/profile/06145975798026471419</uri><email>noreply@blogger.com</email></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-3148141928651134153.post-6037532065431125028</id><published>2007-04-22T23:34:00.000+09:00</published><updated>2007-04-24T23:20:15.139+09:00</updated><title type='text'>マドハット・カケイさんの芸術</title><content type='html'>&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-738952.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; float: left; cursor: pointer;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-738947.jpg" alt="2002年　　ギャラリイK個展にて" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;ギャラリイKは次代を担うであろう多くの若手作家が集い、自らの意志で発表活動をしている画廊ですが、毎年幾人かの海外の作家もすばらしい作品を見せてくれます。ちょうど今、クルド人の美術作家マドハット・カケイさんが個展を開催中ですので、ご紹介したいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-754596.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 0pt 10px 10px; float: right; cursor: pointer;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-754592.jpg" alt="2006年作品　キャンバスにアクリル絵具" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;　カケイさんの絵画は一言でいうならば、モノクローム（白黒ということではなく、単一の色彩という意味で）の抽象絵画ということになりますが、その色彩は独特の存在感をもって観る人に迫まります。キャンバスにペインティングナイフで様々な色のアクリル絵具を幾層も幾層も重ねていき、最終的に拡がる一つの色の周囲には、キャンバスの縁にはみだした絵具がそれぞれの色を垣間見せ、複雑な形をした輪郭をなしています。そのあたかも遥かな山並みに囲まれた平野のような美しい色の拡がり、深い水を覗き込むような眼に見えぬ奥行き、そして人を瞑想へとさそう静けさ…　おそらくその色彩のうちには、決して平坦ではない芸術への道を歩くカケイ氏の想いがこめられています。&lt;br /&gt;&lt;br style="clear: both" /&gt;&lt;br /&gt;　マドハット・カケイ（Madhat Kakei）さんは1954年にイラク北部、石油の町として知られるキルクーク市に生まれました。画家を志してバクダットの美術学校に学んだ後、スペインのマドリッドに留学します。しかしイラクに戻ったカケイさんを待ち受けていたのは、いつ終わるとも知れぬイラン・イラク戦争、そして故郷のクルディスタン - いまだ独立した国を持たないクルドの人びとは民族の誇りをもってそう呼びます - に対するフセイン政権による過酷な弾圧でした。初期のカケイさんの画面には、木版などによる白黒の対比、痛みを思わせる強い線によって人びとの苦悩が刻み込まれています。&lt;br /&gt;&lt;br style="clear: both" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-774956.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; float: left; cursor: pointer;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-774943.jpg" alt="マドリッドの美術学校で" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;　1984年、イラク国民であるゆえに徴兵され、激戦地のバスラで明日をも知れぬ命となったカケイさんは「芸術家として生きる」ことを決意して脱走、スウェーデンに亡命して市民権を得ます。そしてブロンマという町にアトリエを構え、作家活動を始めました。&lt;br /&gt;　カケイさんはまた、マドリッド留学時に友人となった日本人作家のつてで1985年に来日、日本の千葉市郊外にもアトリエを持つようになりました。地元の医師がかつての病院を美術家に提供した共同アトリエです。日本人の人がらに優しさと細やかさを感じ、その文化に愛情を持つカケイさんは、木立や竹林に囲まれた古い木造の二階屋で、ふすまに直接絵を描いたり、竹を割ってその中に絵を描いたりもしています。展覧会も多くの画廊で行い、ギャラリイKでも評論家針生一郎氏の紹介によって、個展を行うようになりました。&lt;br /&gt;&lt;br style="clear: both" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-776350.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 0pt 10px 10px; float: right; cursor: pointer;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-776347.jpg" alt="千葉のアトリエにて" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;　このようにしてカケイさんはスウェーデン、日本はもとより、デンマーク、フランス、アメリカと様々な国で旺盛な発表活動を行っていますが、故郷の町にも当局の眼をくぐってしばしば帰還し、爆撃で破壊された建物に絵を描いたり、子供たちに絵を教えたりしてきたそうです。イラク、イラン、トルコという3つのイスラム国家の国境が出会う山岳地帯を中心にそれぞれの国々に属しながらも、クルドの人びとは独自の言語、宗教、文化を持っているそうです。カケイさんのイラクでの名前はマドハット・“アリ”、つまりイスラム教徒の名前でした。日本での展覧会でも最初は“アリ”と名乗っていましたが、あるとき“かけい”という苗字が日本にもあることを嬉しく思ったカケイさんは、クルド古来のファミリーネームを名乗ることにしたそうです。そしてそのころには、様々な色の輝きが、カケイさんの絵を彩るようになっていました。&lt;br /&gt;&lt;br style="clear: both" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-791611.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; float: left; cursor: pointer;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-791603.jpg" alt="2006年　スウェーデン王立美術アカデミー,ストックホルム" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;　「クルド人が創ったすばらしい映画があるよ。知っているかい？」ある冬の夜、カケイさんと私は、ビデオ店で借りてきた１本の映画をともに観ました。『YOL』(イルマズ・ギュネイ監督　1982年　邦題『路』）。とても重苦しく、恐ろしく、しかしとても美しい映画でした。厳しい道徳と掟の中で過酷な運命を生きるクルドの人びと。民族の独立と尊厳をかけた終わり無き闘い。その背景には伝統の音楽が流れ、山々は四季の流れの中で様々な色を見せています。「うるのさん、これがクルディスタンね！」身を乗り出すようにしてブラウン管に見入るカケイさんの顔が子供のように輝いていたのを思い出します。&lt;br /&gt;&lt;br style="clear: both" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-760395.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 0pt 10px 10px; float: right; cursor: pointer;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-760391.jpg" alt="パリ近郊のアトリエ" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;　マドハット・カケイさんの絵画は、観る人によって様々な反応を引き起こすでしょう。大地や土壁、草原や空を観るような現実感であったり、記憶と時間の堆積、意識そのもの.....　&lt;br /&gt;　「カケイさんの色は、何を現しているのですか？」&lt;br /&gt;　私の素朴すぎる問いに、カケイさんはこうに答えてくれました。&lt;br /&gt;　「希望だね。」&lt;br /&gt;　色を塗りながら、多くのことを思い出し、考え、孤独や、悲しみやいろいろなことがよぎるけれど、最後に現したいものは希望なんだ。それが人間にとって一番大切なものだから。そう語ったのです。&lt;br /&gt;　そして彼自身、その希望を現実に変え、芸術家として生きていく力強さを持っています。いま彼は故郷クルディスタンの地に美術館を作る計画を着々とすすめています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　皆さんもぜひ、カケイさんの芸術に触れてみてください。&lt;br /&gt;&lt;br style="clear: both" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-760501.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; float: left; cursor: pointer;" src="http://www.phofa.net/column/uruno/uploaded_images/file-760498.jpg" alt="" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-weight: bold;"&gt;&lt;span style="font-size:180%;"&gt;マドハット・カケイ展&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;Madhat Kakei exhibition&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;開催中　&lt;br /&gt;5月2日（水）まで　29日（日）休み&lt;br /&gt;午前11時～午後7時　土曜日／最終日～午後5時&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Gallery Kにて　&lt;br /&gt;〒104-0061東京都中央区銀座1-9-6第２銀緑ビル3F&lt;br /&gt;Tel/Fax.03-3563-4578　&lt;a href="mailto:&amp;#x067;a%6C&amp;#108;&amp;#0101;ryk%40n&amp;#00105;%66ty&amp;#x02e;&amp;#99;o&amp;#13;%6d"&gt;gall&amp;#101;&amp;#x72;y&amp;#107;&amp;#x40;ni&amp;#x66;&amp;#x74;y&amp;#46;&amp;#99;om&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://homepage3.nifty.com/galleryk/" target="_blank"&gt;http://homepage3.nifty.com/galleryk&lt;/a&gt;</content><link rel='alternate' type='text/html' href='http://www.phofa.net/column/uruno/2007/04/blog-post_22.html' title='マドハット・カケイさんの芸術'/><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://www.phofa.net/column/uruno/atom.xml' title='コメントの投稿'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/3148141928651134153/posts/default/6037532065431125028'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' 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