イスワント・ハルトノ展 2007年12月17日〜26日 Gallery K
様々に論議を呼んだ李櫻監督のドキュメンタリー映画『靖国 Yasukuni』は、一時は上映自粛の動きが広がるなど紆余曲折を経ながらも一般公開が実現し、多くの観客を動員しています。私たちの社会はしばしば「表現の自由」に関して逃げ腰であることを露呈しますが、今回「批判も擁護もまずは観てから」というまっとうな進展を見せたことは、喜ばしい限りです。
この映画が注目されることになる少し以前、昨年末にギャラリイKではインドネシアの作家が、やはり「靖国」をテーマにした個展を開催しました。作家のイスワント・ハルトノ(Iswanto Hartono)は1972年生まれ、日本の感覚で言えば全く“ 戦争を知らない ” 世代に属しますが、その美術表現において常に「戦争」というものを大きなモチーフとしています。その理由として、ひとつには彼が「歴史」に大きな関心を持っていることがあります。自分という存在をつくりだしているものとして、自分が属する社会の歴史的経験、過去の記憶が非常に重要な要素となっている、というのが彼の考え方です。一方で彼は、現在の問題としても社会に生きる人間すべてにとって、戦争という事象は生活の中に組み込まれ、それから逃れることはできない、と感じています。それは政治、経済の権力闘争が引き起こしている現実の暴力として、また同時に映画やテレビ、コンピューターゲームなどのイメージの世界における「武器」や「戦闘」への欲望としても、我々の存在に浸透してしまている。
その彼が「靖国」という問題に深く入り込むようになったきっかけは、日本人の若いアーティストたちへの「靖国神社についてどう思う?」という彼の率直な問いに対して、多くの答えが「それは微妙な問題で、簡単には答えられない・・・」というものだったからだと言います。そして「いずれ、答えはメールで」と言って別れたあとも、返事は誰からももらえなかったのだそうです。いったい何がどう、難しいのか。なぜ答えにくい問題なのだろうか。そこから彼の探求は深まり、やがて現代の東京での、つまり「生きた靖国の地」での個展へと結実しました。
イスワント氏が日本の過去の戦争をテーマに創り上げた今回の作品は、非常に印象深いものでした。特筆すべき点は、その眼差しがとても不思議な暖かみをもつものだったことです。その暖かさはどこからくるのだろう?・・・おそらくそれは、彼が日本人の先の戦争に対する思いを「感じ取ろう」としているからなのです。
作品の素材として彼が主に用いたのは、アメリカの写真誌『ライフ』の1970年代に発行された太平洋戦争特集号に掲載された記録写真です。そこから彼が選んだのはいずれも日本の軍隊、あるいは戦争に携わった人々の現実を映し出したものですが、どのような場面を選んだかに彼の作品の特徴と意図がよく現れています。例えば、ピアノを弾く青年とそれを囲む若者たち。彼らは神風特攻隊員です。新橋の芸者さんたちが自分たちの組合で軍に寄付したという飛行機の前で記念写真に収まっている場面。劇の稽古で銃の構えを軍人に教わっているクラブの踊り子さんたち。戦地でドラム缶の風呂につかっている兵士たち。輸送船の同じ船室で横になって寛いでいる兵士と慰安婦の女性・・・ 女性の姿が数多く登場し、兵隊の人々についても、戦場での過酷な経験ではなく、むしろ私たちと変わらない人間としての日常的な行為が多く観られます。
この「日常」という要素は写真の内容とともに、展示の構成としても仕組まれていました。壁を覆う大きな写真は、ビニールの布にプリントされてカーテンのように吊り下げられ、装飾的なフレームを施された小さな写真には、さらに奇麗な香水のボトルが添えられました。そして天井からはクリスタルビーズを編み、旭日旗をあしらったシャンデリア状の輝くオブジェが吊り下げられています。私たちが居住空間を快適にしようとする趣味的な要素、インドネシアの文化的な背景を思わせるデコレーションと甘い香水の香り・・・。日本人の「戦争」をこのように描くイスワント氏の意志とは、いかなるものでしょうか。
表現者としてのイスワント氏が選んだ方法、それは、自分の体験と感情を主観的に表現することや、逆に外側から客観的に事実を語り、評価すること、そのいずれとも異なる、第三の方法としての「理解すること」だったのだと思います。「理解」とは、何かを自分の考え方の中に取り込むことではなく、その対象に接近しようとすることであり、そこには「想像力」が必要です。それはあくまでも「他者」であるからこそ可能であり、また「他者」であるゆえに不可能かもしれない、そんな方法です。そしてこの「理解する」という方法によって、イスワント氏が私たち日本人に向けて発しているメッセージ、それは「共に考えよう」ということではないでしょうか。
もちろん「理解すること」と「肯定すること」とは異なり、日本人がこのとき行った戦争が、主観的な大義がどうであれ事実としてアジアの国々に対する軍事侵略であり、植民地化であったということ、そういう観点からの批判と反省を主題にした議論が重要であるのは言うまでもありません。イスワント氏の選んだ写真に映し出されたものも、事実としてよく観れば、いかに静かな空気の中であれ、まぎれもない戦争、その遂行者たち、そしてまた戦争に参加し、あるいはその道具に貶められた女性たちなのです。しかしその、いわば戦争の「常識」としての悲惨、残虐、加害と被害をクローズアップするのではなく、むしろ私たちの日常的感性をまず入り口として用意し、「想像力」によって「想い出す」ことへと観る人々を誘うのがイスワントさんの方法だったのです。

また、よく見ると展示された全ての写真の中には、イスワント氏自身の姿が合成で入り込んでいます。必ず愛用のモデルガン「AK-47」(現代の世界の戦場において最も普及している小銃)を手にして。しかもそれらの姿はどこか楽しげであったり、のんびりとした表情を見せているのです。ここで彼は、私たち日本人の戦争の歴史に入り込もうとすると同時に、自らもまた戦争の歴史のもうし子であるということ、そして現在も様々に戦争を生起させている世界、その構造からは誰も逃れられないということをさらしてみせます。そしてこれもまた重要な要素として、彼自身が展覧会の直前に東京で行ったインタヴュー『靖国神社についてどう思いますか』、その録音された日本人の人々の音声、とまどいながら訥々と語る若者や、熱く主張する年配の人物、いずれもおそらく何はばかることない本音と思われる言葉が、会場に常に流されていました。 たとえ「理解し合う」ことが最終的に不可能だったとしても、「共に想い、考える」ための場所をつくり出すことが、未来に向けての希望となる。そしてまた、それが「アーティスト」としての役割なのだ。イスワント氏の表現は、そう私たちに伝えくれたのだと思います。
靖国神社とは何だったのか。この一つの問いをめぐって、さらにイスワント氏の個展に先立って、東京・茅場町の画廊 Gallery Maki でも韓国人の作家、洪成潭氏が「靖国」をテーマにした個展を開催しました。かつて日本に直接植民地支配を受けていた朝鮮の戦後史を生き、自らも民主化運動に参加し、投獄、拷問という過酷な体験をしている洪氏の靖国に対する表現は、同じ美術作家であってもイスワント氏とはかなり異なったまなざしを感じさせます。軍刀や骸骨などのモチーフは暴力、死、恐怖などを直接にイメージさせ、戦争を遂行し美化しようとする権力を容赦なく告発していきます。同時にその批判意識は日本の戦争の告発だけには留まらず、かつての自国の軍事政権をはじめとする、その後のアジアの歴史に引き継がれた暴力をもとらえています。
中国、インドネシア、韓国、様々なアジアの国の表現者が、いま「靖国」についてそれぞれの視点から作品をつくり、私たちに向けて発信しています。そのことが私にはとても意味深いことに思えます。「他国の人々が日本の過去を断罪しようとしている」と感じるのか、「アジアの人々が、アジアの歴史について考えようとしている」と捉えるのかによって、コミュニケーションのあり方は大きく変わってしまうでしょう。やっとこれから、本当の対話が始まるのではないでしょうか。そして私たちは、どう語るのでしょうか。
