<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/'><id>tag:blogger.com,1999:blog-2297980808280015049</id><updated>2008-02-13T00:10:50.630+09:00</updated><title type='text'>土屋敏男 / Toshio Tsuchiya</title><link rel='alternate' type='text/html' href='http://www.phofa.net/column/tsuchiya/index.htm'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2297980808280015049/posts/default'/><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='http://www.phofa.net/column/tsuchiya/atom.xml'/><author><name>phofa</name></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>3</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>25</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2297980808280015049.post-6802376089588990932</id><published>2008-02-12T17:22:00.000+09:00</published><updated>2008-02-13T00:10:50.680+09:00</updated><title type='text'>クリエイティブとはいくらなのか？</title><content type='html'>クリエイティブには値段がある。&lt;br /&gt;僕はこのことが昔から大変に”苦手”である。&lt;br /&gt;プロデューサーとは色んなクリエイティブの値段を決める人だとも言える。&lt;br /&gt;タレントさんのギャラや、音楽を作ってくれた人のギャラや&lt;br /&gt;ディレクターのギャラや、放送作家のギャラや&lt;br /&gt;使う写真の値段やら…&lt;br /&gt;これらのことを僕は”Tプロデューサー”などと名乗りながら&lt;br /&gt;実は一切やってこなかった。&lt;br /&gt;だから本当の意味でプロデューサーではないのだ。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;…人のクリエイティブに値段を付けることが出来ないのだ…&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;本当にクリエイティブに値段があるのか？と言うと&lt;br /&gt;それはあると言わざるを得ない。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;クリエイティブから生まれたもの、テレビ番組だったり&lt;br /&gt;映画だったり、小説だったり、音楽だったり…&lt;br /&gt;それがお金を生むのだから、やっぱり値段はついてくる。&lt;br /&gt;で、そこの中間に入る人が沢山いて&lt;br /&gt;つまり〈”０から１”を生み出す人間〉と&lt;br /&gt;それを〈ユーザーとして受け取る人間〉&lt;br /&gt;の間に、けっこう沢山の人がいる。&lt;br /&gt;で，この人たちはやっぱりコンテンツビジネスという&lt;br /&gt;経済活動をしている訳だから&lt;br /&gt;『一円でも安く仕入れて，一円でも高く売ろうとする』&lt;br /&gt;のは当然である。&lt;br /&gt;経済活動とはそう言う行動を指すものである…多分。&lt;br /&gt;コンテンツとして多くの売り上げを期待できるクリエイティブには&lt;br /&gt;高い値段が付く。&lt;br /&gt;（だから安いうちに仕入れておいたクリエイティブが、高く売れるのが中間の人には一番おいしい、利益が上がるということになる。高く仕入れたものが予想を下回る売り上げだとおいしくない、損となるのである）&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;そんなことで、クリエイティブにはやっぱり値段がつく。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;僕はクリエーターだと言い張っている一時期があって&lt;br /&gt;今はかなり怪しいので…（今はまたクリエーターを目指す人が正確か）&lt;br /&gt;しかしサラリーマンなので、そこ〈クリエイティブの値段〉は”お給料”と言う形でもらって来た。&lt;br /&gt;だから給料の査定、とかはあるが、出来高から割り出されたものではない。&lt;br /&gt;（自分のクリエイティブによっていくらの利益が生み出されたか？ということは考えなくて良いし、利益が出た年も利益がでない年もそれはほぼ一緒である。言ってみればローリスクローリターン型のクリエイティブの報酬体系と言える）&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;さて昨今…&lt;br /&gt;この“クリエイティブ”が昔は限られた世界からのみ生まれて来る形だったのが&lt;br /&gt;インターネット上のCGM(消費者生成メディア）なるものが出て来て&lt;br /&gt;その事情が少しずつだが変容し始めている。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;例えばブログであるが&lt;br /&gt;そのクリエイティブが報酬という見返りを求めない形を基本に世の中に出て行く事が増えて来ている。&lt;br /&gt;これらネット上のCGMをクリエイティブと呼ぶかどうかということも、まだ評価が定まっていないのだが、〈読む人〉〈見る人〉を送り手が意識すればするほど、それは“クリエイティブ”というものになっていくのではないか？と思っている。（だから〈読む人〉〈見る人〉をまったく、ほとんど意識しないブログなどがあるとしたら、基本的にそれは“クリエイティブ”ということから遠いもの、と規定されるだろう）&lt;br /&gt;クリエイティブはお金を払う払わないはともかく「お客さん」という受け手を意識した時に生まれてくる事だと、規定する。&lt;br /&gt;ブログなども中には本になったりするものもあって、そうすると具体的に”本の印税”などというお金が発生する例も沢山出て来ているから、そうなるとよりクリエイティブと言う側面がハッキリ現れる。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;さてネット社会のCGMという仕組みの中で、こういった新しいクリエイティブに対して”値段”がキチンと付けられる仕組みになっているかと言うと（それこそインターネットの上では経済人の出番がクリエーターより構造的に先であったりするから）正当なるシステムが構築されるているか？そうでもない感じがしている。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;さて…&lt;br /&gt;そんな新旧取り混ぜた混然としたシステムの中で&lt;br /&gt;クリエイティブはいくらなのか？&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;世の中のクリエイティブの仕組みが&lt;br /&gt;今のように全く変わっていくとき&lt;br /&gt;クリエーターと経済人の間に立つプロデューサー&lt;br /&gt;彼が切り開く道は険しく&lt;br /&gt;しかし時代の中でクリエイティブが生き永らえるのかどうかを決める&lt;br /&gt;重要なものであるのだ。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;最初に書いた&lt;br /&gt;プロデューサーとはクリエイティブのお金を決める人です。&lt;br /&gt;このことが今ほど重要な時代はないような気がしている。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;ちなみに〈”アート”とは生まざるを得ないもの〉であるから&lt;br /&gt;それは値段はない！を基本にしなければならないと思っている。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;でもアート活動にお金が登場しているではないか？&lt;br /&gt;と言われるかも知れないが&lt;br /&gt;それはアートのクリエイティブ側面（生み出された結果としての作品の）によって登場しているのであって、それを一緒に考えない方が良いと思っている。</content><link rel='alternate' type='text/html' href='http://www.phofa.net/column/tsuchiya/2001/02/blog-post.html' title='クリエイティブとはいくらなのか？'/><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://www.phofa.net/column/tsuchiya/atom.xml' title='コメントの投稿'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2297980808280015049/posts/default/6802376089588990932'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2297980808280015049/posts/default/6802376089588990932'/><author><name>phofa</name></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2297980808280015049.post-6317624870922349390</id><published>2007-10-19T11:04:00.000+09:00</published><updated>2007-10-19T11:05:09.341+09:00</updated><title type='text'>アーティストとクリエーター</title><content type='html'>この違いは何なのだろう？と（多分）結構前から気になっていたのです。&lt;br /&gt;で、一昨日「あ、そうか！」と声が出てしまったのです。&lt;br /&gt;その事を考えていたというのではないけれど&lt;br /&gt;突然「あ、そうか！」と思ったのですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;クリエーターは受注があって作る人で&lt;br /&gt;アーティストは受注なくても作る人&lt;br /&gt;なんだなあ、と。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;『何でもいいから好きなもん作っていいよ！』と言われると&lt;br /&gt;クリエーターは実は作れないんですよ。&lt;br /&gt;結構勘違いして『作れる』『作りたい』と思っていたりするんだけれど&lt;br /&gt;実はそれで作っても，ろくなもんはできない。&lt;br /&gt;『こうこう、こういうもんでそれを“何とか”してくんない？』&lt;br /&gt;って言われると、『じゃあこういうのは？』『あ，こういうのは？』って次から次へとアイデアって出てくるんですよ。&lt;br /&gt;これがクリエーター。&lt;br /&gt;アーティストは『生み出さざるを得ないものを生み出す』って人ですから、条件とか設定とか「それ何？」ってなもんです。&lt;br /&gt;〆切とか言われても関係ないです。&lt;br /&gt;アーティストの仕事って言うのは時が来たら出来て、そうでなければ出来ないもんですから…そうなんです。&lt;br /&gt;本質的な切り分けとしてという事なんですが&lt;br /&gt;そう言う事なんだと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;で，自分の事を考えると&lt;br /&gt;自分は勿論アーティストの部分は微塵もなくて&lt;br /&gt;クリエーターな訳です。&lt;br /&gt;だから『発注』がないと、何もしない。&lt;br /&gt;何も出来ない。何も生まれてこない。&lt;br /&gt;せいぜいやるのはアイドリング（暖気運転）ぐらい。&lt;br /&gt;で、僕の知っているところだと&lt;br /&gt;テリー伊藤、欽ちゃん，松本人志&lt;br /&gt;クリエータ－と考えた方がいいのではないか？&lt;br /&gt;松本人志が『大日本人』を作る過程で&lt;br /&gt;『５年かかったという事は途中で制作中止になるならそれはそれでいいか？と思っていた』と言うのがありますね。&lt;br /&gt;まあ純粋に発注があったと言う形ではないけれど&lt;br /&gt;『時がそちらに流れるのであれば』と言う形で&lt;br /&gt;引き寄せていったと言うのがあると思いますね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;宮崎駿という人はどうかと言うと&lt;br /&gt;直接知っている訳ではないのですが&lt;br /&gt;基本はクリエーターだと自分を位置づけているのではないか？と思います。&lt;br /&gt;ジブリ映画になると公開の日を決めないといけませんから、つまり”〆切がある”というところで、クリエーターにならざるを得ないはずなんです。&lt;br /&gt;また鈴木プロデューサー曰く「宮さんは“自分が作りたいもの”を作った事は一度もなく”みんなが見たいものと思っているだろうもの”を作っていると言っている」のだそうだろうから、ご本人はアーティストである，という意識はないんじゃないだろうか？&lt;br /&gt;ところが見るコチラとしてはアートを感じるところがあるのはなぜか？&lt;br /&gt;一部では有名ですが宮崎作品というのは最後を決めずに描き始めるのだそうです。&lt;br /&gt;実はそのやり方で”アート”の部分が出てくるのではないか？&lt;br /&gt;と勝手に推測しているのですが…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;北野武監督は日本の映画監督の中でものすごい珍しい”アート”の人だと思います。&lt;br /&gt;日本の映画監督は基本的にみんな興行成績を気にします。&lt;br /&gt;これはクリエーターです。&lt;br /&gt;でも北野武監督だけはそこから自由です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;走り書きではありますし、まだまだ未完成な原稿ですが&lt;br /&gt;メモということで…&lt;br /&gt;（この辺は村上隆さんの『芸術起業論』と対立しているようで、実は同じだと思っていたりするんですが…）&lt;br /&gt;思いつきなアーティストとクリエーターの一席…</content><link rel='alternate' type='text/html' href='http://www.phofa.net/column/tsuchiya/2007/10/blog-post.html' title='アーティストとクリエーター'/><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://www.phofa.net/column/tsuchiya/atom.xml' title='コメントの投稿'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2297980808280015049/posts/default/6317624870922349390'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2297980808280015049/posts/default/6317624870922349390'/><author><name>phofa</name></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2297980808280015049.post-8182690234837331998</id><published>2007-08-26T04:40:00.000+09:00</published><updated>2007-08-26T05:03:04.246+09:00</updated><title type='text'></title><content type='html'>世の中で『コンテンツ』という言葉はどのくらい一般的なのだろうか？&lt;br /&gt;いつの間にかＴＶは番組と呼ばれずにコンテンツと呼ばれるようになって来ている。&lt;br /&gt;昔は『番組』という言い方しか存在しなかったが&lt;br /&gt;そこに『ソフト』という言い方が出て来て&lt;br /&gt;さらに『コンテンツ』という言い方がココ数年出て来た感じだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;コンテンツが指す範囲とは『ＴＶ番組』はその一部で、かなり広いものを指している。&lt;br /&gt;音楽一曲はもちろんコンテンツだし、一般の人がブログに書かれた文章もコンテンツである。&lt;br /&gt;その横に書かれたいたずら書きのキャラクターもコンテンツであり…&lt;br /&gt;と振り返ってみると〈どういうニュアンスでこの言葉が使われ始めて行ったか〉は『コンテンツ』という言い方が『ビジネスをする！』という潜在的な意欲が強く含まれている言葉である事が見えてくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（大体新しい言葉が生まれる時には“その言葉が生まれた方が都合が良いこと”があるからなのだ）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;”人によって生み出された表現”はビジネスになるんだ！という事が強く意識された時に『コンテンツ』という言葉は生まれ、広がって来た、と考える事が出来る。&lt;br /&gt;ＴＶ番組も”一回放送してハイ終わり”の時代はその名前を変える必要はなかったのだろうが、DVDなどで大きなビジネスになる事がはっきりしたところで『コンテンツ』なんだというようにもうひとつ名前がつくようになってきたのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし…&lt;br /&gt;考えを巡らして行くと…&lt;br /&gt;そんな”人によって生み出された表現”の中で厳然と〈コンテンツと呼びにくいもの〉がある事に気がつく。&lt;br /&gt;例えば”絵”“彫刻”&lt;br /&gt;純粋芸術、ファインアートと呼ぶべきものは…どうも『コンテンツ』と言い換えにくい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なぜか？更に考えを巡らす…&lt;br /&gt;純粋芸術、アートが“ビジネス”とのクロスポイントを見つけていないからではないのか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（しかし日本とは遥か概念としてもかけ離れたNYでは、それはさすがビジネス先進国のアメリカの中での特殊な街であるだけあって、その“アート”と“ビジネス”はしっかりとそのクロスポイントが形成されているようである。そのことで村上隆さんらは“逆輸入”という戦略を取る事になるのだが…&lt;br /&gt;しかしこのクロスポイントの在り方が正しい事かどうか、さらに正しい正しくないという評価の仕方をすべきかどうかなどは実は答えが出ていないのではないか？とも思っている部分もあるのだが）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そうやって考えて行くと”アート”と“ビジネス”が実は本質的なところで〈対立する概念なのではないか？〉という考えが生まれてくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アートとは何か？それは人間の根源に根ざす”生まれざるを得ない作品”と考えるとそれは…我々が“愛”と呼ぶものに非常に近いものだという事が明らかになる。&lt;br /&gt;ビジネスとは何か？それはひと言で言い換える“数字”である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アートとは何か？”色んな人が生み出したもの”でありその共通項は〈生み出されざるを得なかったもの〉が強くあるもの、それを”芸術性”と呼ぶのではないか？&lt;br /&gt;その作品は生み出されたあとに、世界からどんな評価が得られるかを考える事なく、発生したもの、である。&lt;br /&gt;その一方で”どんな過程においての結果でも、人が生み出したもの”を扱う〈コンテンツビジネス〉という言葉はこの世界に厳然と存在をしている。&lt;br /&gt;さて…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「人間は生きる為には食わなくてはならない」&lt;br /&gt;この言葉を軽々と否定してみせたのが〈明日の神話〉を描いた純粋芸術家　岡本太郎　であった。&lt;br /&gt;「芸術家は食わなくても生きて行ける」この世間的にはナンセンスな岡本太郎の言葉に“芸術”とビジネス、〈愛〉と〈数字〉の突破口が隠されているに違いない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし”惰”にして”凡”なる僕はこの〈愛〉と〈数字〉というふたつの言葉の間でいつまでもウロウロとしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;〈コンテンツを更にクリエイションと言い換えたら、何かが見えないだろうか？〉&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※ちなみに和訳をするとコンテンツは「内容物、中身」と、なるほど感情の入る隙間もないものである事がわかる。そしてクリエイションは「創造、創作」である…”言い換え”どころか遥か距離のある概念である事が明らかになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ふたたび道に迷い、ひとつひとつのアートに出会った時のココロの有り様に耳を必死に傾け…その快感の中から次の一歩を踏み出さんとするのである。</content><link rel='alternate' type='text/html' href='http://www.phofa.net/column/tsuchiya/2007/07/blog-post_05.html' title=''/><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://www.phofa.net/column/tsuchiya/atom.xml' title='コメントの投稿'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2297980808280015049/posts/default/8182690234837331998'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2297980808280015049/posts/default/8182690234837331998'/><author><name>土屋敏男</name></author></entry></feed>
