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Masayuki Yoshinaga Born in Osaka’s Jusoh district in 1964. After working in the night entertainment industry, as a street-stall keeper and as a truck driver, Yoshinaga strives to become a photographer who specializes in youth welfare. “Zoku” (by Little More Publishing), a photography collection of Boh-soh-zoku (youth bike-gang), becomes one of Yoshinaga’s representative work. He has also photographed youth street-gangs, street gals, and foreigners living in Japan, individuals who are often labeled as “minorities” within Japan. In the recent years, Yoshinaga has participated in the "Shinjuku ID" project which exhibited portraits of everyday Shinjuku people on the temporary wall of a construction site located at the south entrance of the Shinjuku train station. He also serves as the headmaster of a photography workshop school called "Resist," presided by Roony/247 Photography. Photo book projects includes “Moh-Shiwake-Gozai-Masen (Apologies)” by Shincho Publishing, “Nippon Takaine” by Media Factory, “Gothic and Lolita” by Phaidon Publishing, semi-autobiography about his life in Jusoh District called “Hetare”by Little More Publishing, among others. [+/-] English profile.. |
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NY日記(7)残りの日々 なんかもう書くのが面倒になってきたんで、まとめて書く事にする。 (19日) 10年ぶりくらいにロッキングオンでNYに駐在している、中村明美さんと会食をする。 渡米する前はCUTの編集をしていて随分とお世話になった。 渡米する時も「NYに行くから、自分の写真をNYの人に知ってもらいたい」と言ってくれ、自分のブックのコピーをしてくれ、ファイルを持っていってくれた、ありがたい記憶がある。 きっかけは、個展のオープニング前に自分がいるんではないかと立ち寄り、メモ書きを残してくれてたことによる。 オープニング当日から日曜までNYを離れていて、月曜には帰っているということだったんで、月曜に電話してみた。 電話の向こうから、懐かしい中村さんの声が聞こえた。 色んな予定を鑑みて、後ほど連絡するということで電話を切った。 なんでもジャイ子さんとも仕事をしたことがあるらしく、ジャイ子さんから回ってきた、自分の展示を紹介するメールで知ってくれたらしかった。 ジャイ子さんに連絡し、中村さんの話しをして、またしてもの共通点を見つけた感じで、若狭さんにも連絡して、みんなで食事をしようという話しをした。 若狭さんは久しぶりの休みということで、用事があるから食事はパスして、その後に一緒に喫茶することとなった。 ジャイ子さんのリサーチで、ウイリアムズバーグに安くて旨いイタリアンがあるということで、そこで待ちをきることとなった。 久しぶりに会った中村さんは、年月を経て、色んなものが削ぎ落とされて、スッキリハキハキするような感じとなっていた。 経年変化で、若い時の垢のようなものが落ちてスッキリしていると感じた。 ちょっとぽっちゃりしてしまってたが、自分はもっとぽっちゃりしたイメージに変化したようだった。 確かに安くて美味しいイタリアンで、昔話に花を咲かせて、昔は自分は忙しくしていたようで、その印象を今でも持っているらしいので、全く持ってお門違いな状況になってしまって、昔が懐かしいと嘆いてみせた。 食い終えたあと、個展開催の記念にとマンハッタンの夜景をプレゼントされ、ビッウリした。 イーストビレッジへ行き、若狭さんに中村さんを紹介して、みんなでお茶をして、別れ際に中村さんが「今日の月は霞がかっていて、いつもより随分と大きい」と言ってはしゃいで、写真を撮ろうとしたが電池切れで、残念な結果になりながらも皆に同意を求めていた。 俺はそうかなあとか思いながらも適当に返事をして、みかけも少し変化したが、おつむも少し変化したんかなあと思いつつ、みんなと別れた。 (20日) ヨーロッパの何処の国から帰国したのか忘れてしまったが、トレースマガジンのクロードがNYに戻ってきたので、自分の写真展示場へと来てくれた。 土砂降りの中、傘を忘れたとビショビショで来てくれた。 今回の展示でもクロードはオープニングには出張で参加できないが、ドリンクのスポンサーを見つけてくれ、入れてくれたようだ。 感謝! クロードが飯の話しをしてくるかと思ったが、帰国早々で仕事が忙しかったんであろう、あっさりと引き上げていったので、NY最終日ということで、関係者で時間の都合をつけてくれる人達で飯に行こうという話しになり、若狭さんとジャイ子さんとで電話したり、どこの店に行くかの見当をつけたりしてくれた。 結局、牛角に行こうということとなり、NYまで来て牛角かあと内心思ったものの、滞在してから一度も日本食を食べてないので、それもいいかあと思った。 牛角の時間までまだ間があったんで、少し小腹が空いたということで、ピザ屋に行った。 まだ時間があったんで、ジャイ子さんの知人のいるバーに行った。 最初の一杯目はジャイ子顔でタダにしてくれた。 ジャイ子さんがピンボールをしようと、自分も中坊の時には随分とならしたもんやったんで、勝負を受けることにした。 女やから何やかんや言うても大したことないやろうと思ってたら、大した遊び人らしい、ことごとく負けてしまった。彼女の人生と俺の人生を疑った。 そうこうしている内に時間がきたので、歩いて牛角へ向かった。 牛角には、フォトグラムの杉浦邦恵さんと、デザイナーの後藤さん夫妻、矢野さん、ICPの小林さん、そして若狭さんとジャイ子さんが集ってくれた。 俺みたいなちんけな男にありがたいもんである。 自分は邦恵さんの隣りに座った。 邦恵さんは前回のNY滞在時に、部屋を間借りさせてもらった方で、チャイナタウンにあったんで、邦恵さんに安くて美味しい店を教えてもらい、随分と助かったし、嬉しかった記憶がある。携帯やパソコンも貸してくれ、それも随分と助かった。 今回は邦恵さんに自分から直接連絡しなかったことを怒り嘆かれ、自分は自分なりに気を使ったつもりでそうしたのだが、そんな気遣いは無用という感じで、なんかもっと気軽に甘えてきなさいと言ってくれてるように思えて嬉しかった。 そして、もう一方の隣りはICPの小林美香さんやった。 小林さんとはプライベートで話したことはほとんどなく、ほとんど仕事の話しか時間の都合等で出来なかったので、今回、少しゆっくり話せて良かったと思えた。 話していて、初対面のときに感じたのと違い、随分と御本人なりの立ち位置から、出来る限り写真に対して真摯に向き合っているんだなあという印象を受けた。 小林さんとこうやって話せて、今までの彼女に対してと違う印象が持てたのは、自分にとっては結構な収穫やったなあと思えた。 あとNYの牛角は日本のと違い、結構、高級やったんと、日本の牛角よりも美味しかった。 日本の牛角は安さが売りで、店舗の作りもそれに合わせた作りになってるのに対して、NYの牛角は高級感が漂い、それなりのおいしい肉が出てきて、なによりも白米が日本のものと同一でおいしかった。 こんな自分のために集ってくれたみなさん、ありがとうございました、と思いながら近くの駅まで歩き、皆を見送って、若狭さんとジャイ子さんと自分は、どうしようか?と思いながら歩いて、ジャイ子さんが飲みに行こうということで、若狭さんは飲めないので帰り、ジャイ子さんと二人で飲みにいった。 イーストビレッジのバーで飲みながら、今回のNYでたくさん付き合ってくれたジャイ子さんにお礼を言って別れた。 (21日) 朝早くに宿を出て、荷物も少ないので、初めて地下鉄でJFKへと向かった。 今回は色々な人が関わってくれたので、海外にきて初めてもう少しいたいと後ろ髪引かれる思いで、地下鉄に揺られながら、徐々に徐々にマンハッタンを後にする感じを想像しながら、なぜか遠くを眺めながら座席に座っていた。 約1時間半ほどでJFKに到着した。 地下鉄だと7ドルなんで、随分とお徳感がある。 空港でチェックインしていたら、鬼海さんも自分の数メートルうしろに並んでいた。 どうやら同じ飛行機らしい。 挨拶を交わし、外へ最後になるであろう煙草を吸いに出る。 出国審査を受けて、飛行機が飛ぶまで時間があるんで、朝飯を腹に入れる。 並んで買っていたら、鬼海さんの奥さんも何かを買っていた。 どこで食べようかとテーブルを眺めていたら、鬼海夫妻の姿が見えたので、相席させてもらうこととなった。 鬼海さん達が先に食べ終えたので、先に乗り口へ立たれた。 自分は随分と後に追ったのだが、何故か自分の方が先に飛行機に乗り込んだ。 鬼海さんの奥さんと座席が近く、自分は通路側だったんで、奥さんの窓際の席と替わる。 日本到着後、機内の免税ショップで買われたチョコを「席を替わってくれたお礼に」と下さった。席を替わっただけなのに、なんて律儀な方なんだろうと思った。 NYを離陸し、空からNYを眺めてると、ここを離れたくない気持ちが持ち上がったが、これでNY紀行は終わります。 |
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