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Masayuki Yoshinaga Born in Osaka’s Jusoh district in 1964. After working in the night entertainment industry, as a street-stall keeper and as a truck driver, Yoshinaga strives to become a photographer who specializes in youth welfare. “Zoku” (by Little More Publishing), a photography collection of Boh-soh-zoku (youth bike-gang), becomes one of Yoshinaga’s representative work. He has also photographed youth street-gangs, street gals, and foreigners living in Japan, individuals who are often labeled as “minorities” within Japan. In the recent years, Yoshinaga has participated in the "Shinjuku ID" project which exhibited portraits of everyday Shinjuku people on the temporary wall of a construction site located at the south entrance of the Shinjuku train station. He also serves as the headmaster of a photography workshop school called "Resist," presided by Roony/247 Photography. Photo book projects includes “Moh-Shiwake-Gozai-Masen (Apologies)” by Shincho Publishing, “Nippon Takaine” by Media Factory, “Gothic and Lolita” by Phaidon Publishing, semi-autobiography about his life in Jusoh District called “Hetare”by Little More Publishing, among others. [+/-] English profile.. |
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NY日記(4)個展オープニングパーティ 朝から事務局長に電話で起こされる。 昼飯を行こうということで、昼飯はやっぱり事務局長以下ハンバーガーということであった。 今日も付き合ってくれることになっているジャイ子さんを電話で叩き起こした。 ハンバーガーの話しをすると、いいとこがあるということで、待ち合わせ場所だけ決めて、事務局長から電話をもらってから、時間が決まったら連絡することとなってん。 今日は展示のほうは、昨日だいたい話したので、若狭さんと展示デザイナーさんとでやってくれるということである。自分はICPのサイン会に行ってから、個展のオープニングに向かうことになっていた。 昼前に連絡があり、30分後に58丁目のりんごマークがある所が地下に降りれるらしく、そこやと雨にかからんということで、そこで待ち合わせをしてん。そうそう、この日は雨が降ってたわ。 ほんで30分後にりんごマークでということを告げると、きっと何も用意してはらんかってんやろなあ、女の人やからある程度時間かかるにも係わらず、ちょいと驚いたような感じで「少し遅れるかもしれんけど向かいます」と言うてくれはってん。 外に出たら結構な雨で、俺は傘なんか持って行ってなかってんけど、部屋にあった忘れもんのようなボロッちい傘で向かってん。 59丁目駅から向こてんけど、その時にはもっと酷い風雨で、フラフラしながら歩いて58丁目のりんごマークを探してん。 時間がきても事務局長らは来ず、変わりに少し遅れると言っていたジャイ子はんが来はってん。 ジャイ子さんは、相当慌てて来てくれはったようで、髪はシャワーを浴びたてのように濡れてて、結構グシャグシャになってて、なんか、なりふり構わず来てくれはったような感じで、ほんまに急いで来たかのように呼吸が乱れてはってん。でも、相当な叩きつけるような風雨やったから、その所為でそんなことになってたんかもしれんけど、そんなジャイ子さんを見てて、ほんま、ええ人やなあと思てん。 ジャイ子さんとしゃべりながら待っててんけど、ほんでもなかなかやんけえ思て電話しても繋がらんし、どないなっとおんねん、どっかで迷子かいっと思とったら、ようやっと電話が来て、何でもカトユキが方向オンチらしく、知ってる場所で待ち合わせとったけど、近くにおんのに全くそこに来ることが出来ずに遅れたようやった。 そらそうやでえ!彼らが34丁目から俺に電話してきた時には、あとカトユキだけや言うといて、そこから俺が用意して14丁目から58丁目のりんごマークに約束時間に来れとんのに、それから相当時間経ってるから、どないなっとんねや?思うわなあ。 ほんで彼らと合流して、ジャイ子さんを先頭に、ホテルの変な場所にあるというハンバーガー屋へと向こてん。 ジャイ子さんは差してる傘がかなりの自慢らしく「大きくていいでしょう」「こんな雨風の強い日にはバッチリの傘でしょう」「一家で入れるぐらい大きいでしょう」とか言いながら、その馬鹿でかい傘を両手で持ちながら自慢げに差してる姿が、チャイルドのようで可愛らしかってん。しかも、雨でも例のごとく摺り足で歩いてるし・・・。 そのハンバーガー屋があるというホテルへ着き、奥の方にあるカーテンを更に奥へ進んで行くと、飲み屋のようなネオンサインがあり、そこがハンバーガー屋で、ジャイ子さんが「変な場所にあるから、普通やったら絶対にわからんような場所やけど、アメリカンって感じでなかなかおいしいのよ~」と言ってたけど確かにそうで、ホテル内で、しかも、こんな場所にハンバーガー屋があんねんやあとかいう感じで、しかもえらい込んでて、どないなんねんやろう?と思てたけど、ジャイ子さんの現場の英語と、生徒達の席取りのおかげで、無事に座って食えることとなってん。 あんなけ込んでるから、俺らみたいな英語出来ひん人間やったら、注文すら出来へんかったんちゃうかなあと思うぐらい、築地市場の雰囲気を漂わせた威勢のええ姉ちゃんが注文を取ってて、注文後もなんか怒鳴ってんなあと思っとったら「後がつかえてるから、食い終わった人はさっさと出て行ってえ~!」と怒鳴ってたらしかってん。 食い終わってちょっと時間を持て余したから、B&Hというカメラ屋へ行こうということになり、地下鉄とバスを乗り継いで向かってんけど、なんでもユダヤ人の人らがやっているカメラ屋らしく、今日が金曜日ということで早仕舞いしたらしく、閉まっててん。 ほんで、どないしょうかなあと思ってんけど、事務局長らはMOMAのタダ時間に行くということで、俺はそのまま横走りのバスに乗っていけるジャイ子さんとこで、休憩させてもらうこととなってん。 ジャイ子さんとこは、流石アメリカという感じの天井の高い部屋で、部屋は3つあり12畳ぐらいのベランダがあり、それでも家賃は東京と比べると半額以下の安さであった。 チャーリーワッツというオスの黒猫と共同生活しているとのことだった。 そこで少し休憩させてもろて、バス停の場所を教えてもろてICPへと向かった。 バス停を教えてもろたんはええけど、寒くて強風雨だというのに20分も来えへんから、このままやったら遅刻してまうでえと思って、歩いて向かってん。 風がほんまに強かったから途中で傘の骨は折れてまうわ、傘自体が折れ曲がってまうわで、わやになってもうて、やっと途中でバスにのることが出来て、ICPの時間には間に合うてん。 サイン会では、やっぱりゴスロリ本を持ってくる人が多かってんけど、「Bosozoku」や「族」もたまにあって嬉しかってん。 帰り間際になって、予約注文分かなあ、20~30冊ほど持ってこられたもんやから、予定してた時間より少し遅れて、ICPを出ていってん。 壊れた傘を差しながら、強風雨の中を個展会場へと向かう。 慌てて電車に乗るも、途中停まりの電車で、そこで降りて待っててもなかなか来んから、どないしたんやろうと思とったら、ホームが違っとった。 ややこしいのお、同じ路線やねんから、ここ停まりでも同じホームに降ろせやあ~、とか思いながら、階段を登って違うホームに向かう。 次の駅やのに~、ほんまかなゎんのう~とか思いながら待っとたら、電車が来たので乗った。 駅から会場までは近いのだが、おかげで30分も遅刻した(出たんも遅かったけど・・・)。 会場に着いたら、結構、人が入っとった。 とりあえあず展示の方は間に合ってたが、予定と違うところが幾つかあり、まあ急な設えやからしゃあないわなあと思った。 あれよ、あれよと言う間に、おもくそ人が入ってきて、どないもこないも、全く身動き不能なぐらいの人になってしもた。 挨拶もクソも出来へんぐらいで、誰が来てんのかも全くはかれんぐらいの、人だかりである。 人が入らな、入らで色々と思うんやろうけど、いつも人が入ってくれるんであんまり考えたことがないねんけど、入ったとしても、そら嬉しいのは嬉しいんやろうけど、そんなことより、何でこんなことになってんねんやろう?と考えてる自分がいつもいる。 誰が呼んでくれて、こないようけの人になってもうてんねんやろう? この人らは、ほんまに自分の写真を見に来てくれたんやろうか? とか、素直に喜べばええのに、喜んでないというか観察してしまっている自分がいる。 きっと知らん人が多いからそない思うねんやろうなあとか思たりした。 こんな時、色んな人を紹介されるのだが、きっと気持ちが浮いてんねんやろうなあ、全く名前が憶えられない。 他人の展示の時に出会った人は、結構、憶えてるのだが、自分の時はあんまり憶えてない。 あとで名刺を見ても思い出せない人がいるのだから、名刺を貰ってない人は、ほとんどと言っていいほど憶えていない。 でも、観察したりしてるのって一体全体どういうことなんやろう?とか思う。 ここで「自分を覚えとけ!」とでも言わんばかりの、NYでバイクメッセンジャーをやりながら写真家を目指してる人から挨拶をもらう。申し訳ないが、やっぱり名前を忘れてしまったのだが、一生懸命、俺にガンでもくれるように、目を見つめながら、俺の写真集を持ってくれていることや、俺に憧れてくれていることや、本人の現在の状況や、そのうち俺と同じ土俵に上がることを目指してるんで憶えといてくださいと言われた。 そう言われてもなあと思たけど、ほんまに目が爛爛としていて、今にも食いつきそうな感じでしゃべってきたんやけど、そういう後に続いてくれる人がいるということは、凄い嬉しいし、俺も頑張らなあかんなあと身が引き締まる思いとなる。 なかなか皆が引かないので、ジャイ子さんが気をきかせて、電気を点けたり消したりして、終わりだということを促す。 ほんで、これまたジャイ子さんが打ち上げの店を予約しといてくれたようで、チャイナタウンになんのんかなあ、粥屋に行く。 そこで、元トレースマガジンで編集をしていた矢野さんに紹介してもらった、大阪出身でNYでカメラマンをやっている徳山くんの隣りとなる。 彼とも色々と話しが出来て、彼も自分の写真集を持っていてくれて、自分に憧れてくれているということで、こういう人達がいることが嬉しいし、凄く励みを感じる。 写真の話しもさることながら、大阪の話しを一杯した。 粥屋といっても中華屋なんで、なんか色々と中華を食ったんやと思う。 あっ!そこで、展示を見にきてくれていた、綾さんとICPの小林さんと、たまたま偶然に出会って、二言三言交わしたんやった。 |
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