吉永マサユキ 吉永マサユキ

1964年、大阪十三生まれ。水商売、テキ屋、運送業などの職を経て、児童福祉士を目指すが写真家になる。暴走族の若者を撮った写真集『族』(リトルモア)は代表的な作品のひとつ。他にもチーマー、コギャル、在日外国人と、日本に住むマイノリティを撮り続けてきた。近年は、新宿南口で工事現場仮囲いの壁に新宿で生きる人々のポートレイトを展示するプロジェクト「新宿ID」に参加。ルーニー・247フォトグラフィーが主宰する写真のワークショップ「resist」では、塾長を務める。著作に『申し訳ございません』(新潮社)、『ニッポンタカイネ』(メディアファクトリー)、『Gothic and Lolita』(英PHAIDON)、十三での半生をつづった半自伝『へたれ』(リトルモア)などがある。

Masayuki Yoshinaga

Born in Osaka’s Jusoh district in 1964. After working in the night entertainment industry, as a street-stall keeper and as a truck driver,
Yoshinaga strives to become a photographer who specializes in youth welfare.
“Zoku” (by Little More Publishing), a photography collection of Boh-soh-zoku (youth bike-gang), becomes one of Yoshinaga’s representative work.
He has also photographed youth street-gangs, street gals, and foreigners living in Japan, individuals who are often labeled as “minorities” within Japan.
In the recent years, Yoshinaga has participated in the "Shinjuku ID" project which exhibited portraits of everyday Shinjuku people on the temporary wall
of a construction site located at the south entrance of the Shinjuku train station. He also serves as the headmaster of a photography workshop school called "Resist,"
presided by Roony/247 Photography. Photo book projects includes “Moh-Shiwake-Gozai-Masen (Apologies)” by Shincho Publishing,
“Nippon Takaine” by Media Factory, “Gothic and Lolita” by Phaidon Publishing, semi-autobiography about his life in Jusoh District called “Hetare”by Little More Publishing, among others.


[+/-] English profile..


NY日記(3)ICPオープニングパーティ
5/25/2008 05:25:00 午前
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5月15日木曜日、11時30分からICPでプレスプレビューやったっけ?もらったスケジュール表を失くしてしもたんで、言い方は忘れたけど、とりあえず11時に行く。

ICPはNYの象徴であるタイムズスクエアの近くにある立派なビルヂングにあり、2回目のNYで初めて此処がよく見るNYの景色やったんやあという場所にあった。

プレスプレビューで何人かの人にインタビューをされ、開会式のような形で、その場にいる作家さん達の紹介があり、13時30分ごろ解散となったんで、写真家の鬼海さんと奥さんとマネージャーさんと一緒に、NY市立大学で美術史を学んでいる、ICPで通訳をしてくれた手島由有子さんに近くのデリへ連れてってもらった。
デリなんで安いかなあと思ったら、流石、世界に名だたる観光地だけあって、普段食べてる食堂よりも高かった。

ほんで次のプレビューまで個展会場へ行き、写真の並びなどを話しあった後の17時30分ごろICPへと戻り、18時から始まるダイレクタープレビューの参加に備えた。

そして19時にパトロンプレビューがあり、19時30分からの通常のオープニングとなった。

18時から徐々に徐々に人が増えていって、19時30分にはえらいようけの人だかりとなってしまった。なんでも1300人もの人が入ったらしい。

事務局長と生徒達はニューアークに到着したら連絡をくれると言ってたのだが、全く連絡が無く、まさか飛行機でも落ちたんちゃうかあと思って、そわそわしながら、しょっちゅう煙草を吸いに外に出ては、事務局長に自分に連絡が付かなかった時のために教えていた若狭さんとこに電話をしては、連絡ないですかあ?と確認していた。
そうこうしている内に鈴木ジャイ子さんが来てくれて、背中をポンポンと叩かれたので、振り向くと例のサングラスをかけてたんで、ちょっとビックリしてん。
ほんで再度、事務局長らとの夕飯のことをお願いしてん。

ようやく事務局長と生徒達が来てくれて、生徒の中山くんにビデオを撮ってもらうように頼んで中山くんが撮ってたら、警備員にあかんと言われたらしく、一応、撮影すると告げていたのに、ガタガタうるさいこと抜かすやっちゃのうと思って話ししにいっても、聞いてないからあかんの一点張りで、俺が自分の展示の様子を写すのを何であかんて言われなあかんねんと思て、話しつけさせろと詰め寄って行ったら、事務所へ来いと言われて行ったら、何の問題もなくOKとなってんけど、警備員の人も仕事かもしれんけど、展示した本人が展示の様子を撮影したい言うのんぐらい、直ぐに決定できるように打ち合わせしといてくれやあと思てん。
ほんで事務局長に resist に来てもらいたいと思っている、鬼海弘雄さんと会田誠さんを紹介してん。

肝心の若狭さんが来ぬまま、評議員宅の立食パーティーへ行きますと促されたたが、どうしてんやろうと思ってると若狭さんが現れ、評議員さん宅へと綾さん達と向かってん。

この評議員さんの奥さんが有名な女優さんらしく、名前を聞いたけど洋物やったんで忘れてしもてんけど、兎に角、入り口にも何人かの警備員がいるお家であった。
家の中にはシャンデリアや絵画が飾ってあり、窓からはセントラルパークが見え、台所が凄く広くて、たぶん高級なのであろうという感じであった。
物珍しさも手伝い、人も部屋も装飾品も関係なく写真を撮りまくったった。
ここでは、初めて会ったと思ってたが違ってた楢橋朝子さんと、久しぶりに会ったオシリスの澤田さんとおしゃべりをした。
澤田さんとは久しぶりやったんで、昔話に花が咲いた。
こういう高級な場所には自分は似合わないので、さっさと帰りたいなあと思っていたら、帰る方が出てきていたので、自分も帰れると思って、失礼しますと言って出てきた。

出て、事務局長と若狭さんに電話するも捕まらず、ジャイ子さんに電話したら繋がったので、まだ解散していないということで、自分も合流することとなった。
居場所を聞くと、自分もまだ行けてない、自分の大好きな「ソーロンタン」の店にいるということで、事務局長と生徒達め~!自分より先に「ソーロンタン」を食いやがってえと思いながら、地下鉄を待ってて1本見送っても乗り換えなしで行ける地下鉄が来えへんので、仕方なく乗り換えせなあかんのに乗って、32丁目にあるその店へと向かった。

その店へ着き、飲める店へ河岸を変えようということとなり、ちっくしょう~!俺も食いたかったなあと思いながら、その店を後にして、個展会場のある、ロウアーイーストサイドへと向かった。

ジャイ子さんが連れてってくれたバーは、落書きだらけでバンドマンが集まるようなバーで、音楽はうるさく便所も落書きだらけだった。
そこでジャイ子さんは、NY到着記念にと、みんなにビールを振舞ってくれた。
そして、ゆっくりテーブルに座って飲みたいということで、違う店を探すも木曜やからかどの店も一杯で、しかし、ジャイ子さんはその界隈ではかなりの有名人らしく、道行くたびに知り合いと出会い、イエ~イと両手を挙げて挨拶を交わし、しゃべってはった。
やっとテーブルに付ける店に入ったものの、そこもジャイ子さんの知り合いの店やってんけど、音楽がメチャクチャうるさくというより、耳鳴りがするほどの轟音で、まともに話しが出来ず、どちらかと言うと踊ってる人を眺めるぐらいしか出来へんかったんで、数杯飲んで帰ることにした。

事務局長達が帰る地下鉄まで送って、俺は歩いて帰ったんかバスで帰ったんか忘れてしもたけど、兎に角、帰って、途中でさくらんぼ買うたんちゃうかなあ?





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