吉永マサユキ 吉永マサユキ

1964年、大阪十三生まれ。水商売、テキ屋、運送業などの職を経て、児童福祉士を目指すが写真家になる。暴走族の若者を撮った写真集『族』(リトルモア)は代表的な作品のひとつ。他にもチーマー、コギャル、在日外国人と、日本に住むマイノリティを撮り続けてきた。近年は、新宿南口で工事現場仮囲いの壁に新宿で生きる人々のポートレイトを展示するプロジェクト「新宿ID」に参加。ルーニー・247フォトグラフィーが主宰する写真のワークショップ「resist」では、塾長を務める。著作に『申し訳ございません』(新潮社)、『ニッポンタカイネ』(メディアファクトリー)、『Gothic and Lolita』(英PHAIDON)、十三での半生をつづった半自伝『へたれ』(リトルモア)などがある。

Masayuki Yoshinaga

Born in Osaka’s Jusoh district in 1964. After working in the night entertainment industry, as a street-stall keeper and as a truck driver,
Yoshinaga strives to become a photographer who specializes in youth welfare.
“Zoku” (by Little More Publishing), a photography collection of Boh-soh-zoku (youth bike-gang), becomes one of Yoshinaga’s representative work.
He has also photographed youth street-gangs, street gals, and foreigners living in Japan, individuals who are often labeled as “minorities” within Japan.
In the recent years, Yoshinaga has participated in the "Shinjuku ID" project which exhibited portraits of everyday Shinjuku people on the temporary wall
of a construction site located at the south entrance of the Shinjuku train station. He also serves as the headmaster of a photography workshop school called "Resist,"
presided by Roony/247 Photography. Photo book projects includes “Moh-Shiwake-Gozai-Masen (Apologies)” by Shincho Publishing,
“Nippon Takaine” by Media Factory, “Gothic and Lolita” by Phaidon Publishing, semi-autobiography about his life in Jusoh District called “Hetare”by Little More Publishing, among others.


[+/-] English profile..


NY日記(2-5/14)
5/24/2008 05:24:00 午前
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やっぱりアメリカへ来たらハンバーガーということで若狭さんにイーストビレッジの2アベのところにある(名前は洋物なので覚えられず)、ハンバーガー屋へ連れてってもらう。
俺の求めていたハンバーガーがそこにあった。
LAで行ったところはおいしいのではあるが、マクドナルドより肉が大きくアメリカ的ではあるが・・・という感じが否めず、今回のはまさに夢にまで見そうなものであった。
余は満足じゃああああと心で大きく呟いた。

ICPへ会場と写真のチェックへ行く。
場所は良かったが色々とあり、しかし事実は小林さんが頑張ってくれていたんで公表はしないが、天下のICPなのに・・・とかなりがっかりしたが、しゃあないやんけえ、ここで展示させてもらえるだけでもありがたいことやんけえと思い直し、かなりの時間をかけて、その場で出来る最大限の努力をし、結構な時間を費やす。
よって、若狭さんと約束していた個展会場に行く時間に遅刻したのだが、時間的なことはどうでもよかったみたい。
急遽、ICPのオープニングに合わせて個展をしようということになり、2週間も前倒しになったもんやから、展示デザインをしてくれるデザイナーの人達も出来てなく、写真を持っていくも展示できる状況になく、これで16日に間に合うのかなあとか思いつつ、間に合わんかったら笑うでえとか思いつつ、なんだかんだ言うても夕方の約束やったんが大幅に遅れたんで、写真を持って到着したころには、夕飯時やったんで、後からそんなに近いとは思わんかってんけど、若狭さんに「近いから歩いて行きます」と言われて、LAで知り合った鈴木ジャイ子さんの働く韓国料理屋へと向かった。
出たときには明るかったのが、着いたころにはすっかり日が暮れているぐらい近かった。

1ヶ月ぶりに会ったジャイ子さんは女性であった。
LAで会った時は阪神タイガースのハッピを着て、なんだか変てこなサングラスをかけてたんで、それに少しハスキーボイスっぽかったんで、おかまなんか?ちょいとおつむのいかれたお調子者な人なんかなあとか思ってたら、全然違ってた。この女性の存在によって感謝感激雨アラレを通り越して、感動的な気分を与えてもらうのだが、それは今日はまだ言えない。
久しぶりに会って、席に案内してもらって、そこから仕事ぶりを眺めていると、凄くテキパキしていて、相対する人は皆、楽しそうにしている。何故かなあとか思っていると、自分達にもそうやったけど、凄くお客さんに気配りの出来る女性で、それに屈託無くケラケラと笑うので、それにつられて楽しくなるようだ。それを見ていると以前会った印象は吹き飛んでしまい、なんだかドキドキしてしまった。ひょっとしたら彼女が幽霊のように、頭が上下せえへんからドキドキしてんのかなあと思って尋ねてみたら、どうやら昔、剣道をしていたらしく、摺り足が癖になってるようで、上下に揺れず幽霊歩きになってるぽかった。

彼女のおかげで豪勢な食事をさせてもらったのに、店員の家族価格というものにしてくれたらしく、そこらで茶でもしばいたくらいの金額であった。ご馳走さまでしたジャイ子様。
なんでも自分が行くことをメールで伝えていたので、その時に行きたいところや、おもろい所へ案内してくれると言ってたのは冗談では無かったようで、15日から空けてるから連絡して下さいと言ってくれ、なんだか英語の出来るパートナーを得て心強い気持ちとなった。

またもや若狭さんと歩いて帰ったんやったんかなあとうろ覚えの記憶をたどっていったら、途中で別れて地下鉄で帰ったことを思い出した。
明日は午前からICPのオープニングなので、個展の設営と合わせて少しバタバタしそうです。
宿へ戻って、シャワーを浴びて野暮用を済ませて、もうジャイ子さん帰ってるかなあと思って連絡してみたら、帰ってたんで、若狭さんはきっと個展の設営で忙しかったり、気分がそっちに行きっぱなしになると思ったんで、ジャイ子さんに明日からくる事務局長と生徒達のことを、自分はオープニングパーティの後、ICPの評議員宅で行われるパーティに出席しなければならないので、晩飯に連れてってもらうことをお願いして、眠の森へと入っていった。





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