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Masayuki Yoshinaga Born in Osaka’s Jusoh district in 1964. After working in the night entertainment industry, as a street-stall keeper and as a truck driver, Yoshinaga strives to become a photographer who specializes in youth welfare. “Zoku” (by Little More Publishing), a photography collection of Boh-soh-zoku (youth bike-gang), becomes one of Yoshinaga’s representative work. He has also photographed youth street-gangs, street gals, and foreigners living in Japan, individuals who are often labeled as “minorities” within Japan. In the recent years, Yoshinaga has participated in the "Shinjuku ID" project which exhibited portraits of everyday Shinjuku people on the temporary wall of a construction site located at the south entrance of the Shinjuku train station. He also serves as the headmaster of a photography workshop school called "Resist," presided by Roony/247 Photography. Photo book projects includes “Moh-Shiwake-Gozai-Masen (Apologies)” by Shincho Publishing, “Nippon Takaine” by Media Factory, “Gothic and Lolita” by Phaidon Publishing, semi-autobiography about his life in Jusoh District called “Hetare”by Little More Publishing, among others. [+/-] English profile.. |
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大阪・岡山・広島ロケ 2日~12日まで大阪・岡山・広島へと撮影旅行に出かけた。 2日は大阪のミナミで、連載の撮影で関西のゴスロリの方達の写真を撮りました。 道頓堀のかに道楽の前やナンパ橋のグリコ看板の前などで撮影したのですが、昼間やったんで、夜やったらもっとネオンギラギラでおもろいのになあ、などと思いました。 この日は翌日のことも考えて姫路に宿泊した。 昔、住んだことのある、広畑という所に泊ったのだが、駅前にある「大井」というホルモン屋が安くて旨くて、感激した。 3日は岡山へ向かう高速へ入る前に兵庫県の揖保川町と揖西町で撮影をし、岡山へと向かった。 まず、備前市の吉永町へ入った。この吉永町は自分の苗字と同じなのであるが、祖父の田舎らしく自分のルーツの一端を担ってるものとして、町内にある全ての神社を巡ってみた。 そこから美作市を通って、赤磐市を通って、岡山市へと入った。 岡山市では、自分がやっているワークショップの事務局長の義父に大変お世話になり、一緒に行った相方が、スナックのママの写真を撮ってるんで、たくさんのママさんを紹介してくれ、へべれけになるまで、何軒もの飲み屋を回った。 4日も岡山市に滞在して神崎町の写真を撮ったり、岡山城へ行ったり、神社へ狛犬の写真を撮りに行ったりしたのだが、岡山の神社の狛犬は、ほとんどが備前焼のもので、通常なら狛犬の無いぐらいの小さな神社にも狛犬が置かれてあり、大量の狛犬写真を作成する結果となってしまった。 この日も相方は、夜も撮影して回ったのだが、自分は晩飯だけを一緒して、機材の点検やら、翌日の用意などもあるので、宿に戻った。 深夜に小腹が空いたので、宿近くのラーメン屋に行ったのだが、なんとも言えぬ懐かしい味で(ガキの頃の近所の食堂トラヤの味)、昨日に引き続き連ちゃんで来てしまった。 5日は、倉敷市から笠岡市で神島の撮影をして、広島県福山市神辺町を見て回って、鞆に泊った。 ホテルに紹介された「おてび」という食堂に行ったのだが、カウンターに並んでいる惣菜類が、まさしくおふくろの味で、とてもおいしかった。中華そばも独特で、豚肉の甘味が効いてて非常においしかった。 6日は、福山市の神村町で撮影をし、尾道市から三原市へ行き、広島市へと入った。 広島での相方のママの撮影は、自分の知り合いの中国ナイタイという雑誌を作っている人間と、右翼をやっている人間が動いてくれて紹介してくれた。 広島に到着し、ホテルにチェックインすると、すぐ向かえの人がきてくれて、右翼の人が席を用意してくれた、瀬戸内料理の店へ案内されて、生牡蠣に刺身と牡蠣鍋を食して、撮影へと繰り出した。 最後には、右翼の人が待っている店へ行き、皆で楽しく飲んだ。 7日も広島に滞在し、熊野町から呉へと行き、内神町で撮影をした。 呉の町は海辺で、街の近くまで山が迫ってきているので、急なすり鉢状の形をしており、幹線道路以外の道はメチャクチャ狭く、町内を移動して見て回るのに非常に苦労した。 呉から江田島へ行き、大黒神島の撮影をして、厳島神社へ行き、広島市内へと戻った。 この日は、お好み焼き屋を用意してくれていて、おいしいお好み焼きを頂いた。広島のお好み焼き特有の鰹節粉と細いモヤシが、広島に来ていると実感し懐かしく感じ、美味しく食べた。 今日は相方が撮影している間、右翼の人と飲み歩き、どこに行っても旬の赤霧島を飲ましてくれた。 赤霧島はプレミアが付くだけあって、口当たりが良くって、飲みやすかった。 何軒もハシゴしているうちにフラフラになってしまったので、相方と合流してホテルへと帰った。 8日は、福山市神辺町を撮影したが、広すぎて、こないだのと合わせても全てを回りきれずに次回へと残して、再び岡山市へと向かった。 広島のママに紹介された岡山のママさんの撮影をし、ママに紹介された店で食事をする頃には、風邪で寒気がし、発熱してきてるのがわかったので、その店の御主人に薬屋を教えてもらい、即効性のシロップ状の風邪薬を飲んで、宿へ戻って風呂へ入って、すぐに寝た。 9日は、熱はなんとか下がったようで、風邪は気になったが、そんなことも言ってられないので、気にせずに吉備津神社など桃太郎伝説の伝承地を回った。鯉喰神社や血吸川、矢喰神社に鬼が城の差し上げ岩などを巡り、総社市から美作市へと行き、お袋の田舎の東粟倉村(現美作市)へ行った。 お袋の弟である叔父さんやお袋の姉夫妻が迎えてくれて、一緒に西粟倉村の温泉へと行った。 自分がお袋の田舎に行くのは20年ぶりくらいらしく、まあ、東京に出てきてから17年くらい経ってるから、そのくらい行ってなかってんなあと思った。 晩飯は水炊きを用意してくれていて、おいしく頂いた。 それにしても田舎はメチャクチャ寒く、やっぱ山の気候って全然ちゃうねんなあっと思った。 風邪のことが気になってたので、もう一枚布団を出してもらって、重い布団に懐かしさを感じながら早めに寝た。 10日は、車に一杯の野菜や米・味噌などを積んでもらい、祖父母の墓参りをして、美作市から津山市へ入り、神戸・神代・八神・荒神山などの撮影をして大阪へと向かった。 大阪に入り、まずはホテルにチェックインして、連載の撮影の約束をしている南船場へと向かった。 赤いビルの前で赤い人達の撮影をして、久しぶりにお袋とお袋の大好きな、てっちりを食いに行った。 そして再びキタの堂山町へママさんの撮影に出かけた。 2軒のママさんの撮影をして宿へ戻り、明日の用意をして就寝。 11日は、朝にお袋とモーニングをもらい、奈良県御杖村神末の撮影をして、帰路へと就いた。 途中、休憩とかをしたので、12日の深夜2時ごろ東京インターを通過し、事務所に寄って、自宅へ着いて機材などを降ろした。 こうして10日間もの長いロケが完了した。 メッチャ疲れてるけど、明日から隔日での撮影と、横浜での設営が待ってるんで、頑張らねば!という感じである。 |
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