「買い物疲れした消費者」と、ある新聞に書かれ「買わない気持ち」をどう「買う気持ち」に変化させるかが特集になっています。
売る為のマーケティングが市場の同質化に繋がるのは皮肉な事ですが
それくらいは最初から想像出来ている筈です。
とりあえず今日の安心を継ぎ接ぎしていったら
取り返しのつかない状況が現実になってしまった訳です。
日本人は昔からそうだった気がします。
神風が2回も吹いたら何とかなる。と思うのも無理はありません。
自分だけはオリジナルを死守するぞ!と意気込んでも
業界の複雑な流通を経るうちに合理性というウイルスに罹り気が付くと自分がコピーをばら撒いているというありさま。
そこで最後の砦が最小単位で製作できるアートの登場
だからアートはビジネスにおいても今こそ真にクリエイディブであってほしい訳です。
しかし各産業の換金方法をシュミレーションして知的ゲームに見立ててきた種類のアート
はそろそろ底が見え始めている様な気がします。
世の中、使用済み価値の再利用にも限界があります。
これ以上の延命処置はかえって逆効果
のんびりしていると分野のボーダレス化「越境の夢」も色褪せてしまいます。
簡単には踏み込めない世界には発見がありました。想像することで期待が高まります。
しかし秘境は減りました。カメラという捕獲器で切り取られ無数のブログを通し無償で提供される「経験というメッキのアクセサリー」
巷では「人ってこんな事が好きだよね~」「そうだよね~」が使い回され「甘いファシズム」が共有される事になりました。
むしろ秘境は人間の内面にギアナ高地の様にとり残されています。
ITは人の意見を簡単に回収し編集する機能があります。
便利だけど弊害もあります。「人の意見を免罪符」とし自分のオリジナルかのごとく書き込んでしまいます。
「チープなコミュニケーション」を量産するよりも孤独な作業に光を当てる事が大切な時代が来たと思います。
メディアやデザイナー、アーティストの役割もそこにある様な気がします。
窮屈な思考の壁に風穴を開けましょう。
風は鬱屈を乾かし種を運び新しい土地に芽を出します。
写真には写らない~美しさが・あ・る・か・ら~
リンダ・リンダ~