MAOさん&ちくわぶと涙
February 25, 2007
h.p.franceの新しいショップRevelationsのオープニングにお邪魔しました。
素敵なMDに、怪しげで魅力的な若い人たちが沢山集まっていました。

MAOさん。
h.p.franceの中枢で新しいことを次々に、自由にやっておられます。
このブランドも彼のプロデュース。
皆が、MAOさん!と声をかけていきます。

ライブペインティング。
真ん中の人が、(初)黒田潔氏。
MAOさんに紹介してもらいました。
繊細でクールなアートワーク。好きです。
その後、原宿キャットストリートから、一人歩いて渋谷方面へ。

懐かしいビリヤードQがまだ有ったので覗いてみました。
約30年前の高校時代、毎日来ていました。
とにかく、突くか突かないかは別としても、毎日行っていました。
例えば、修学旅行に行くと、その足でQにお土産をもっていき、そのまま帰る、とか。
母親が、急用があると、Qのピンクの公衆電話に電話がかかってきました。
一角にインベーダーゲームが登場し、これにもはまっていました。
正面の台は、花台で、当時の松本さんとか居るかな、なんて思いましたが、
勿論居ませんでした。
私が高校時代、普段はやらないのですが、有馬記念をたまたま買って、
Qのマスターがそれを纏めていました。
私が何気なく買った馬券は万馬券となり、教室でも大変な騒ぎになりましたが、
帰りにQに行くと、マスターは夜逃げしていました。
たぶん、金額で30万円位だったと思います。
馬券を飲んでいた(実際には馬券を買わずに、当たった人に自分で
払う個人胴元)マスターは、あんなに仲良かったのに、
それっきり戻ってはきませんでした。
何とも言いようのない、心にぽっかりと穴を空けられた出来事でした。
当時は、「傷だらけの天使」など見て、悪を気取りたい年頃でしたが、
実際にドラマに放り込まれると、全く免疫がなく、戸惑いました。
夜中で、空腹でもあったので、久々に一人で飛び込もうと思いました。
誰かに連絡すれば、一緒にご飯を食べてくれる人もいるのでしょうが、
一人で歩いて、一人で飲るのは、何だか男の特権で、贅沢な感じがあります。
渋谷ののんべい横丁は、「やさいや」が閉まっており、他も見ましたが、
どうも今時人気のスポットになっていて、テーマパークのようにすら感じられ、
素通りしました。

東急本店の前のペンシルビルの6階に、怪しげな、「味処・・・」の看板。
スナック立地に、味処、何だか、中華出身のマスターが中華なべを振る
美味スナック、を期待して6階へ。

上がってみると、なんと会員制のバー。
下の看板と違いすぎます、が先ずは嗅覚が外れました。

センター街の奥のほうへ分け入っていきました。
もう12時を回っていたので、まっとうそうなお店は終わっていました。
この、「い」は、きっと常連さんが、「い、書いといたよ!」と言って書いたのでしょう。

そして、白洋舎の近くまで来て、何もない裏通りに、白い看板を見つけました。
看板は真っ白で堂々としており、魚を扱う、正直な態度が見え、また、あとで足された
全角明朝の おでん も気になって、飛び込んでみました。

ラストオーダー近く、お客さまは少なかったですが、広い店内は、
湯河原の駅前にありそうな風体で、食べてみると、結果正解でした。

初筍を焼いて。
正直、とうもろこしの味がしました。
醤油を塗って焼くと、とうもろこしになってしまう、という自分の味覚がちょっと悲しかったです。
筍さん、すみません。
お財布には6000円。
タクシー代1000円残して計算しながら頼みます。
山口瞳がサントリーの前身、寿屋の時代、小銭を握りしめてのおでん屋が
生涯一番だった、と書いています。
食べ物は、その対象物の是非だけによらず、環境や状況、対話によるのでしょう。

長ネギと何とか・・・忘れてしまいましたが、京たこがしゃりしゃりしたような、
上品な味わいでした。
細かい浅葱を見ると、毎日包丁研いでいるんだろうな、と思います。

おでんです。
大根の面をここまでとっているのは初めてみました。
昆布と、ちくわぶ。
私、実は、ちくわぶが好きなんです。
そして、このとき、ちくわぶを食べながら、一人ボロボロと涙を流してしまいました。
何を大げさな、と思われるかもしれません。
確かにそうですよね。
でも、この時、何を想いながら食べたのか、少しお伝えしてみます。
ちくわぶって、以前は嫌いだったのです。
嫌い、というより、好きも嫌いもないような、存在が無視されていました。
大根は、浅いか染みているかで個性が大きく変わり、
舞台を決定付ける存在感があります。
昆布には、元々出汁をだすだけのグルタミン酸の旨みがあり、
結ぶことでの縁起もあって、歴史を背負った色気のある
梨園の風情があります。
玉子も染みた外見に滋養の濃さがあり、黄身のパフパフと汁とを
口のなかで絡め、熱燗で流していくのは醍醐味です。
牛筋は、品は無いけれど、噛んでも噛み切れないくちゃくちゃした
手ごわい奴で、肩で風きっています。
はんぺんの色白で、ふくよかで、味があるのに控えめで、
消え入りそうなそのはかなさは、現代には絶滅してしまった
古風な女性そのもののです。
さて、ちくわぶ。(写真左)
そもそも、小麦粉と塩だけで、味わいや旨みといったものはありません。
歴史は無く、関東での新参者で非関東圏では、存在自身知られて
おらず、今後勢力が及ぶ気配も全くありません。
ボリュームがあり粉物であるので、どうしても安くて腹持ちさせる、
戦時中に食べられたすいとんとほとんで同じであろう、という出生上の
役割を連想させます。
あの、くちゃくちゃした食感も、粉っぽい感覚も、安っぽい言わざるを得ません。
要するに、歴史も、旨みもなく、魚肉的天然素材でもない、ただ安くて
腹を満たすだけのもの、ということです。
しかも、始末が悪いのは、見掛けはやたらにデカくて、角が張っているため、
威張っているように見える点です。
中身が無い、でくの棒とはこのことだ、と指をさして笑われそうです。
私も、数年前から、ちくわぶを頼むようになった最初の動機は、単に満腹感、
という満足感を求めたものだったかもしれません。
しかし、そのうち、あのくちゃくちゃした、モチっと歯茎に粘りついてくる食感に
気をとられるようになってきました。
そして、この日も、大根と昆布とちくわぶを配役として選んだのです。
大根と、昆布を食べた後に、ちくわぶを切って、口に入れました。
ちくわぶの出生などを隅で考えながらでしたが、
口に入れたとき、
ちくわぶが、ワーッ!ワーッ!ワーーッ!って、口の中で叫んだんです。
おれだよー、ちくわぶだよーっ!って。
ワーッ!ワーッ!ワーーッ!って、言っているんです。
・・・・・彼は、たぶん、自分の出生も役割も、うすうす知っています。
お客さんからも、周りのネタからも、あんまり人気がないことも
わかっちゃっています。
だって、あまり頼まれないし、褒めてくれたためしがない。
だけど、それでも頑張って、やっています。
図体ばかりでかくて、中身は無いけれど、ここまでやってきました。
ちくわぶは、頼んでくれた私に、何かを言いたかったんだと思います。
馬鹿だから、かっこいいこと言えないし、感謝とか照れるけど、
だけど、何かを伝えたくて、きっと人間にまで通じるかどうか分からなかったから、
とにかく、大きな声だけ出して、自分の存在に気づいてもらって、、、
あとはどうしていいか分からないけど。
その、ワー、という声が、届いてしまったので、何だかボロボロと大きく
泣いてしまいました。
何だか、ちょっと嬉しかったので、値段が書いてなくて心配でしたが、
贅沢なヒレ酒をとって、ちくわぶと乾杯しました。

ちくわぶと、贅沢なヒレ酒が、口の中でうまく合ったのか、分かりませんが、
彼には、もっと、旅とか、色々な経験をしてもらいたいと思います。

ごちそうさまでした。
お刺身もいれて、5500円。
計画通り納まりました。
素敵な一日となりました。
February 25, 2007, 03:06 PM
日経と近藤さん
February 24, 2007
日経の取材で、学生が私に就職に関するインタビューに来ました。

私の就職は85年ですが、バブル前夜で、何も考えずにスルスルと
会社に入っていたので、起業の頃が、本当の就職のようなもの。
久々に、熱く語ってしまいました。
最初に絵の個展をやったときに、色んなことを経験し、学びました。
一つにしぼるとすれば、「行動には、神様がおまけをつけてくれる」
ということ。
無謀と思えても、実際にやってみることで、期待していたこと以上の
ことに出会い、知り、そして次の行動につながり、今があります。
バット、思いっきり振り回していました。

カメラマンの(初)生駒氏。
かつて、私が芝浦のGOLDの前で屋台のおでん屋さん「ゴールデン」を
やっていた、という話をしたら、当時何度か行ったと。
同世代です。

プロのカメラマンによる初GR。学生と共に。

東急グルメフロント近藤社長(左)と木村専務。
Soup Stock TokyoのFCを二子玉川の駅の中でやって下さっています。
近藤さんは、飛行機、船舶、軍事、マンガ、プラモデル、そば等、異常にマニアな方。
すごいです。
複葉機の桁の多さ(二枚羽のある昔の飛行機の羽と羽を縦に繋げているものを
桁という、らしい)の話題だけで、30分はあっという間です。
木村専務も、表現は軽やかで、のりのりですが、電鉄の総務を仕切っていたエリート。
だたの人ではありません。
写真には漏れましたが、わが社の滝口君が、NYに行って、成田からその足で登場。
NYで朝から夜中まで食べまくったが、食べれば食べるほど、日本が一番良い、
との結論。

たまたまお店に友達の小室登子さん(右)が来たので、このさい一緒に。
相当にご機嫌な素敵な娘さんです。
北山創研で暴れていました。
お母さまは、三宅一生氏の最初からの立ち上げメンバー。副社長さんだったでしょうか。
親子でいてもお若く、存在感のある母娘です。
左端は中野さん。
以前からまたお会いしようと言っていたので、この際、お呼びしてご一緒に。
サザビーの初期からの飲食の責任者。
元オークラのパンの職人さんから、鈴木陸三氏とアフタヌーンティーを
スタート。当時は鈴木さんもウエイターをやっていたらしいです。
昨年サザビーから独立され、今スタート目前のプロジェクトが数件。
どれも面白そうです。
会社を辞めて、極度の不安や孤独の1年を経て、そしてここに至ったそう。
話がとてもリアルです。
人生がまた今始まった様子で、キラキラしていました。
そうこうして、このカフェは、我々の席だけが居酒屋になっていくのでした。
February 24, 2007, 03:11 AM
レーベルと映画監督
February 22, 2007

ROUGH TRADEというレーベルのローンチにちょぼっとお邪魔しました。
私は、音楽よくわからなくて。
元々70年代のイギリスのインディーロックレーベルのようでして、
イギリスの伝統料理が並んでいました。
グリンピース、好きでした。

蝋人形っぽくなってしまいましたが、ROUGH TRADE JAPAN(初)矢野社長。

ラナデザイン木下さん(左)
ウエブの会社の第一人者。
中田ネットやベンツ、ユーミンさんなど、いろいろ大御所をやっています。
よくお会いするけど、いつもクールな御仁。
右はmomoさん。5年ぶりくらいにお会いしました。

その後、映画の小出監督(左)と(初)永田琴監督と銀座ストックでお会いしました。
小出さんは、もの静かな方ですが、一つ一つ言葉を選んで語られ
考えも表現も大事にされているんだな、と毎度感じます。
永田さんは、Soup Stock Tokyoのファンを自認して頂いているかたで、
小出さんのご紹介ですが、撮影が忙しく、半年経ってようやくこの日
お会いできました。
映画監督さんって、何だか気難しそうなきがしますが、さにあらず、
明るく気さくでとても素敵な方です。
Soup Stock Tokyoは、折角日々小さなドラマを実際に積み上げて営まれて
いるので、いつか、ドキュメンタリとして映画のようなものにしたいと思います。
また、私は、個人的に将来、53歳くらいで役者さんになりたいと思っています。
これから世の中は高齢化し、中年壮年の出番がなにかと増えるはず。
役者さんにとって、演技の技術や容姿も大事だと思いますが、その人が
今まで何を考え、何をやってきたか、も役者さんの一つの個性になると
思います。
たとえば、「書」でいうならば、高名な書家の書もいいですが、坂本竜馬や
北野たけしが、字はへたくそでも、その時代、その時に感じていることを
書く揮毫には意義があります。
私は、高名でも有名でもないですが、それなりにやってきた自負や、
これからもまた新しい経験や失敗などします。
そして50代で、いらない演技のないフレッシュマンとしてこっそりとやって
みたいと思っています。
今の仕事はと、そういう現実の話は一度横において、、、、
、、、いきなり、Soup Stock Tokyoのドキュメンタリと将来の新人役者の売り込み
みたいになってしまいました。
永田さんは、岩井俊二氏の助監督をずっとやられ、キットカットのコマーシャル
などやり、今度2作目?「渋谷円山町」という映画が3月Q-AXシネマにてスタートします。
永田さんとお話ししていて、ある本の話をしました。
野田智義氏「リーダーシップの旅」
リーダーシップとは、見えない姿を見ることができ、それを追い求める旅のこと、と説いています。
まさに映画監督って、そういう能力と意思の人だろうと思うのです。
野田さんには、私も大変お世話になっていて、この本でまた勇気を頂きました。
(中に私のことも触れて頂いています)
永田さんも、翌日早速買った、と連絡頂きました。
いい本ですよ。
数少ない女性監督で、これからも更に楽しみな方です。
これからも、色々教えてください。
February 22, 2007, 08:14 AM
北川家
February 21, 2007
先週末、「ご近所の会」という、なんともご近所であることを理由に集まっている
持ち回りの会があり、今回はグラフの北川一成さんのお家へお邪魔しました。

クールな北川さんの、アットホームなショット。
お料理は随分されるようですが、確かに美味い!
そして、延々とエプロンして料理し、洗いものもしながら、素晴らしき旦那さまです。
北川さんは、もはやワールドワイドで審査員などやられる、大御所グラフィックデザイナーさんです。

ニコラさんご一家。
先般の氏の展覧会で、宙吊りになる建築の模型がありましたが、クライアントがいれば、
作ってくれるそうです。
建物がワイヤーで吊ってあり、季節や時間に併せて窓の景色が変わる、という建築です。
どなたか、今なら第一号になれますよ。

水野さん。
パワフルで、ユニークな方ですが、小さな赤ちゃんから一瞬開放されて、
つかの間ほっとされています。

チボーさん。
ベルギーから仕事でいらしているビジネスマン。

この会は、皆小さな子持ちの会です。
しかしよくもまあ、みんな可愛いものです。

今も昔も、サザエさん、です。

ピノ・ノアールと牛乳と小さな箸。

北川さんは、本当に潔癖な方。
事務所も、打合せの部屋には、テーブルと椅子と花瓶と花、しかありません。
玄関には、今自分が脱いだ靴、しかありません。
ご自宅も、超ミニマルです。

北川さんの長男オーちゃんが撮ったショット。
シュールです。

北川樹里さん(奥さま)はイギリスの弁護士さん。
ニコラ(フランス人)いわく、「イギリスにはロンドンしかない」
樹里さんいわく、「ロンドンにはイギリスの魅力はない」
どっちでもいいから、行きたいです。

ミニマルな家も、子供が集まると、こうなります。
鬼ごっこも、凄まじかったです。
とても美味しかったです!
ごちそうさまでした♪
February 21, 2007, 02:00 AM
OMPと東泉さん
February 17, 2007

(仮称)Open Museum Project(OMP)という活動を水面下で準備しています。
美術をもっと身近において、美術館とのかかわりを積極的にしていくための
企てです。
5人の個人で始めて、まだ研究段階ですが、春から少し表に出ます。
左は、東京都現代美術館学芸員の関さん。
このプロジェクトの言いだしっぺです。
右は、デザイナーの東泉一郎さん。
この時は、一通り打合せが終わって、近くのカフェに行きました。
この空間だと、上にある■がドナルドジャッドに見えます。

東泉さんは、本当に含蓄のあるインテリです。
この日は、神田連雀町の竹むらの話あたりから、江戸文化論に展開して
いきました。
「そのころは、甘味処で店外デートするんですねー」
「店には右木戸、左木戸があって、左木戸は庶民なわけです。
銭湯も男女で右、左と分かれて入りますが、中は混浴なんですね。真っ暗で」
「花魁は,全く別格で尊敬されていました。
アンモラルではなく、人為的に決められた格ですね。
吉原は、政府公認でしたが、当時蝋燭は贅沢品で、吉原の大店だけが
光が灯った不夜城でした。
花魁との接見は、1日目は花魁が上座に座って、一言も口をきけない。
2日目にお近づき、になって、会話をするわけですが、ここで花魁の教養が
発揮されます。3日目に床入りとなりますが、大金はらってそこまできて、
それでも決定権は花魁サイドにありました。」
「指きりげんまんは、花魁と常連の間で交わされましたが、いざとなったときに、
指を落として送りつけたようです。
お歯黒の美意識は私もよくわかりませんが、
吉原は、今のアバンギャルドですね~」

「学校は、早稲田の理工学部の後、土方をやってから多摩美に行きました。
人間が物を作る営みは、東京タワーでも音楽でも一緒ですが、そういうものを統合して
受け入れる教育システムが無いわけですね。
例えば、建築は、工学部にも美術系にもありますね。」
「私はアーティストではなく、あくまでデザイナーです」

「何だか薀蓄的に勝手にしゃべりすぎてしまいました。
自己嫌悪ですね。」
* 以上は、私がつたない記憶とメモから抜き取った約2時間の真夜中の会話の中の
ほんの一筋でありまして、内容につきましてはきっと間違いが散見させると思います。
アシカラズ、ご容赦願います。
February 17, 2007, 02:15 PM
OLCと、立食いきりたんぽ鍋とミッキー顔
わが社は昨年、オリエンタルランド(OLC)の出資を頂きました。
OLCから来て頂いている取締役はじめ、メンバーの方は、
本当に優秀でありながらピュアな素晴らしい人たちです。
夢の国を運営している会社の人は、やはり夢のような人だと知りました。
そして、今回、ある研修をアレンジして下さったお礼として、
関係者で小さなお礼の会をやりました。
わが社の雑然としたテストキッチンで行いましたが、3名が登場するときに、
サプライズで我々はミッキーのダンスでお迎えしました。
皆で踊っていたので、写真は無しです。

野村さん手作りのケーキ。

飯塚という男子スタッフが作ったハート型ケーキ。
30等分にした図。

入刀。

今日は、高砂さんの実家のきりたんぽ鍋。
鍋の立食パティーは初めてです。
お母さんからのきりたんぽレシピ。

おいしかったので、お母さんにお礼の電話。
以前、優秀社員の表彰で、本人には秘密で、故郷のご両親に会いに行き、
ビデオレターを作ったことがありますが、実家に
「ご本人には秘密ですが・・・お会いしたい」と電話すると、例外なく怪しまれました。
オレオレ詐欺っぽくて、確かに怪しいですよね。

OLCの方々。
右から梅木取締役、広瀬さん、矢上さん。
梅木さんの顔は、並大抵ではありません。
手作りの耳と、軍手でミッキーを強要しましたが、
想像を超えた顔が返ってきました。

もう一度。
口の形状が完全にミッキーです。
目はワンダーランドです。
本物、、の称号を捧げます。

私ですが、全く修行が足りていません。
羞恥心という、認められたい、いやらしい気分が支配しています。
完敗です。

記念撮影ですら、梅木さん一人で、記念撮影の概念を無きものにします。
一人の顔が、ブラックホールのように、その他の全てを急速に吸い込みます。
周りの人の笑顔は、固定した過去のものになっています。
記念撮影が、写真のなかで相対性を提示し続け、心霊写真のように、
写真の外にまでその影響を及ぼしかねないと思われます。
一般の方は、この写真をデスクトップに貼り付けないで下さい。
悪魔的な気配すら感じますが、
この記念撮影の前の、梅木さんのスピーチは天使のごとく素晴らしく、
心洗わられ、勇気を頂き、涙しました。
有難うございました。

そういえば、皆で、一年後の自分に向けて、手紙を書きました。
来年のお正月に年賀状として届くことになっています。
このときは、皆、無言、真剣でした。
February 17, 2007, 11:35 AM
世界地図
February 16, 2007

ガーベラの花が、だんだん開いてきました。
世界地図と相性がよいですね。
地図で使われている色は、自然の色なのですね。
February 16, 2007, 07:52 AM
バレンタイン
February 15, 2007

会社のナベミホさんが、自身の新しい旅立ちとバレンタインで、
チョコレートケーキを作ってきてくれました。
ありがとう。美味しかったです。
これからも頑張って!
宇野薫さんへ
了解しました。
こんどコッソリ、教えてください♪
遠山正道
February 15, 2007, 02:06 AM
宇野薫さんへ(その2)
February 12, 2007
いや、随分と引っ張ってしまいました。
勿論、宇野さんが、往復書簡の返球を下さったのは直ぐにキャッチしましたし、
嬉しくて、すぐに返したい気持ちは一杯でした。
しかし、直ぐに返信をすると、ツールがウェブであるだけにただのチャットになって
しまうと思い、かつて川端と三島が交わした黄ばんだ手紙や、石原慎太郎と
瀬戸内寂聴がどこかの雑誌で往復したような、大体手紙のやり取り位の間、
を取りあえずは空けてみました。
勿論、間を空けたからと言って、チャットより内容が充実する、などということは
全く無いのですが。
しかし、間を置くことの別の効用は、私にはあります。
それは、わずかながらも、読者を引っ張れることです。
宇野ファンの方が、きっとまんじりともせず、私のブログを毎日チェックせざるを
得ない状況となり、私サイドのヒットを少しでも押し上げてくれているはずです。
まあ、ヒットが多くなったからといって、マイレージが溜まるわけでもなんでも
ないのですが。
さて、宇野さんと私との共通の接点は、康一郎と、宇野パンです。
康一郎の全てを、そのまま鵜呑みにするわけにはいかない気はしています。
そのまま受け取ると、全うなビジネスは一直線には進まないでしょう。
私が康一郎がすごいと思うのは、「決意」があることです。
自分を信じる信念や自信と言ったほうが分かり易いかもしれません。
giraffeのポストカードを作るとき、撮影の手伝いをお願いしました。
その時に感じたのが、この人には決意があり、それを絞りだしている、
ということ。
一枚の理想の写真を撮ろうとしたとき、どんなに言葉を尽くしても、10人いたら
夫々の思いに必ず差はあります。
抽象的なものがピッタリ重なる、など元々有り得ないわけです。
特に、クライアントがいて、カメラマンがいて、ヘアメイクがいて、モデルがいて、
目的があって、効果を期待され、時代性との押し引きがあって、そして正解が無い。
一枚の写真を撮るときに、それらの全ての要素をグッと、一つの方向に向け、
皆がその方向に対して納得感や高揚をもって望めるようにするには、誰か一人が
強いリーダーシップを発揮しなければいけません。
それが、プロデューサーであったり、カメラマンであったり、映画であれば監督で
あったりするわけですが、康一郎は、撮影の現場で、その役割を背負っているの
だと感じました。
まだ見ぬものを、さも見たように話すビジョネアでなくてはならず、それは、
言葉を換えれば、嘘つき、でもあり得て、しかしそれを言い切る自信、決意、が
必要なのだと思います。
さて、宇野さんのセコンドをやっている康一郎は、試合の前、試合中など、
どの様な役割をになって、宇野さんにどんな効用をもたらしているのか、が
とても気になるところです。
撮影であれば、結果がまずくても、その原因は単純ではないし、そもそも人は
死ぬようなことはない。
しかし、格闘の世界は、全く別の世界でしょう。
タイガーウッズには6人のコーチがついている、と聞き、勿論コーチのほうがゴルフが
うまい、なんてことはありません。
対象を客観的に見て、フィジカルか、メンタルか、その専門性の中で、アドバイスに
よって調整していくのでしょう。
一度拝見した宇野さんの試合では、試合中の康一郎の大きな声が印象的でした。
たまたま、試合の前日別件で電話をしたら、「明日薫の試合だから」と心ここに
あらずで、自分のことのように緊張していました。
私が想像するには、プロである宇野さんに対して、技術的なアドバイスをするのでは
なく、宇野さんが、宇野さんらしく、もっとも精神的に自信をつけ、かつリラックスした
状態にもっていくのが康一郎の役割なのかと、思うのですが。
「康一郎は、宇野さんのセコンドとして、何をやって、どんな効用を宇野さんに与えて
いるのか?」
短く、思いついた言葉で結構です。
教えて頂けたら幸甚です。
遠山 正道
February 12, 2007, 11:14 PM
Who’s Who
February 11, 2007
日常の会食やパーティーで会った人をブログで紹介することに、意味があるか?
と自問自答しました。
会った人を紹介していたら、例えば隣のエリック(一度そう呼んでみたかった)など
果てしもなく、エリック(二度呼べばもう友達)はやはり小鳥や子供のスナップを
無言で載せている感じがよいわけです。
でも、もともとブログは他人の日記で、そこに特定の意義を求めること自身不毛で、
まあ、見る側が能動的に取りにいくメディアで、取捨選択して頂ければ良い、
と考えれば気が楽です。
我々市民レベルでは、こんな人と、こんなことして・・・・と
自慢したり、自虐したり、覗き見たり、見られたり、そしてそれに刺激や気付きを
受けたり、与えたり、ということは有りうる訳です。
少なくとも、私がブログでご紹介する人は、私が「こんな人と仲間なんですよ!」と
自慢したくなる人たちで、その人たちの魅力の一部をほんのちょっとでも伝達できたら
いいな、と思って書いています。
ということで「Who’s Who」と題しておきましょう。
で、Who’s Whoに小さな記号をつけます。
(初)・・・この時、初めて会った人の意。
ブログの短い言葉の中で、初めて会った人なのに、何だか昔からの知り合い
みたいに私が書いている、などと思われるといやなので、毎度「初めて会って、、」
とか面倒なので、この記号を作ります。
・・・他にも記号あるかな、と思いましたが、とりあえずまだこの一つです。
ということで、
矢幡聡子さまと藤井氏のバースデーパーティーに呼んで頂きました。

聡子さん(右)は、聡子様と呼びたくなる人です。
小学校位から知っているのかな。
この方はスーパーな方で、何をやられているのか、私には説明能力がありません。
フランスとの非常に強いパイプがあり、確か国連のお仕事もされているような、
ワールドワイドで文化やビジネスの架け橋をされている、ということでしょうか。
昨年、恵比寿のバー某「C」に居たら、聡子さまがミックジャガーといらして、
普通に皆で飲んでいました。
次の日、スポーツ新聞で来日を知り、本物であったことを確認致しました。
いつも、目をかけて頂き、有難うございます。
いつでもどこでも参上いたします。
藤井氏は、ルイヴィトンジャパンの代表。
この業界は、ファッションのトップではなく、プロのビジネスマンがトップに立つ
世界なのですね。

CELUX矢野さん(右)
giraffeのプレス発表をCELUXでやれせて頂き、大変お世話になりました。
マキャベリ(カードゲーム)もまたお邪魔致します。
(初)EMILIO PUCCI権藤さん
初の(初)マークです。
さすがにプッチが似合っておられます。
矢野さんも権藤さんも代表をやっておられますが、この業界は若い女性の代表が
多いのですね、と問うと、商品に近いですから、とさらりとおっしゃっていました。
能力と美貌を併せると、このお二人のようになります。

ナベプロ渡邊美佐さんと娘のTOP COAT万由美さん。
渡邊さんは言わずと知れた業界の大重鎮。
私の父は35年前に亡くなりましたが、生前は仲良くさせて頂いており、
毎年軽井沢でのイベントに行っていたのは、私も記憶があります。
かつてナベプロが入っていた飯倉のビルも、下のアルファキュービックと共に、
私の昔の背伸びをして大人ぶっていた頃の記憶と重なり、何か懐かしさを感じます。
かつて「クール」だった、現銀座ストックに一度お連れしたいです。
万由美さんのTOP COATはご自身で始めたタレントプロダクション。
木村佳乃はじめ、勢い付いている模様であります。
万由美さんは、とあるチャリティーオークションで、私の絵を描きおこす権利を
落札してくださいました。有難うございました。
描きましょう!

真ん中の変な人は、ピエロではありません。
arflex保科さんと奥さま。
本当にお久しぶり、お会いできて本当に嬉しいです!!
10年ぶり位でしょうか。
ご子息さんに代表を譲られ、サイパンに移り住んでおられましたが、
2年前に代表に復活されました。
益々もってお元気そうです。
96年に私が代官山で初めて個展をやったときに、私の作品を購入して下さいました。
その作品は非売品だったのですが、保科さんがどうしても、と言っていただいたので
有難くお譲りさせて頂きました。
その作品は、今でもバスルームにあり、「毎日、1日3回は見てるよ!大好きだよ!」
とおっしゃって下さいました。
arflexの家具に囲まれた環境で保科さんに毎日見て頂いているのは、
本当に有難く、嬉しいかぎりです。

我が家のarflexソファーは、85年から20年以上使っていますが、一向に衰えません。
いつも、本を片手に、気持ちよくてすぐに眠ってしまいます。
arflexは、かつて青山3丁目のVANのショップがあった、今から30年位前。
当時小中学生でしたが、いつも通学でウインドウを見ていて、とても憧れて
いました。
当時我が家にあった白い蛇腹のようなホースのような?白い照明器具が
モダンで、子供ながらにそのライトを好んでマンガなど読んでいました。
河口湖のCASA MIA(ショールーム)も素晴らしいです。
一度ここを訪れたら、絶対成功して、将来こんな家に住んでやる!と思うはず。
憧れます。
保科さん、一度ゆっくりお食事でもさせて頂きたいです。

オラクル新宅さん(左)と井上ビジネスコンサルタンツ井上さん。
新宅さんは、トライアスロン仲間です。
昨年ロタ島のトライアスロンでご一緒させて頂きましたが、想像するだに
忙しそうなオラクルの代表の立場で、よくもトレーニングして、、すごいことです。
年齢不詳の少年のような方です。
井上さんは、これまた私では説明不能な方。
かつて弁護士をされながら、それに飽き足らず領域を拡大された方、、
であっているでしょうか。
15年位前、青山で、屋台のおでんやさんを譲り受けて私がやっていたことが
あります。
その屋台の、地場との関係をクリアにしていたのも、井上さんです。
(何だか怪しげに聞こえますが)
まあ、ビックな人の傍らでいろいろアドバイスをしている人、ということでしょうか。

柴山さんは、オークショニスト。
三菱商事からハーバードに行き、その後、オークションのサザビーズの代表をやり、
現在は独立されています。
私の作品も小気味よく吊り上げてくださいました。

左は、アレックス(時計仕掛けのオレンジ)似の腹話術の人形ではありません。
フェリエとしこさん。
コンテンポラリーアートのプロデュースをされていて、バーゼルなどを
飛び回っています。
この方も、さんより、様でお呼び申し上げたき方で、豪華ですが、
気さくで、明るく楽しい方。
一度、カレーのイベントにお誘いしたら、なんと「カレーは食べない」と。
嫌い、とのことですが、きっとそういう庶民の食べ物は、食べつけていないのでしょう。
でも、来てくださって、思い切ってカレーにチャレンジ!まあまあね、みたいな
感想だったと思います。
「思い切って、カレーにチャレンジ!」
きっとカツ丼は未経験ではないでしょうか。
「思い切って、カツ丼にチャレンジ!」
いつでもご一緒させて頂きます。

今回の会場はNOBU TOKYO。
青山のかつての場所から、虎ノ門に移動しました。
そのNOBU松久氏の娘さんで代表の(初)松久純子さん。
今回はパーティーだったので、ゆっくり味わうことができませんでしたが、
また行けたら、と思います。

壁一面に施されていますが、釘などを使わずに組んだ、大変手が込んだもののようです。
その後、場所を移動して、

西麻布のおでん屋さんへ。
年に1度程度、15年くらい行っていますが、未だに緊張します。
ご主人も女将さんも超江戸っ子でいい方ですが、何かあると、直ぐに出入り禁止に
なりそうな、そんな空気が張っています。
ブログで、と写真を撮らさて頂きましたが、なんとなくお店の名前は伏せていたほうが
良さそうなのでアシカラズ。
元、お茶の卸をやっておられたご主人に、お茶の話をたっぷりと伺いました。
いい話を沢山聞いたのに、、、
何も記憶にとどめることができませんでした。
自戒。
February 11, 2007, 10:23 PM
giraffe in PARCO

giraffeが渋谷PARCO part1の1階にテンポラリーで出ています。
giraffeは、私は個人的にサポートしているマニアで、今度じっくりとご説明致しますが、
簡単にコンセプトを。
「世界一 キュートな ネクタイブランド」に向けて。
商品が4つの「体温」に分かれています。
34℃ 「目を閉じる 目を開く 静寂」
TOKYOらしい、モードでクールな世界。
36℃ 「技術 家族 知性」
世の中の、グジュグジュしたおじさんの変なタイを、無地でもいいから
きれいにしてあげたい。
世の中の風景をキレイにしたい。
38℃ 「反骨の気概 ユニークネス 恋愛!」
ビジネスマンは、リクルートスーツの延長で、お客様や上司より
目立たないような、、、そんな不文律があります。
そうではなくて、やることやって、自分も表現して、
人に首を縛られるのではなく、自分でギュッと締め上げて、
キリンの如く高い視点で遠くを見つめれば、一人一人が
そうすれば、世の中全体も良くなるだろう、という趣意。
40℃ 「道化? 覚醒? あとはご自由に」
ヒートアップして、いっちゃった世界。

36℃の、春物の爽やかなタイ。
ちょっと紗のような質感です。
紗って、昔おじいちゃんがやっていたような、ちょっと透けた感じです。
因みにこの小さな透けたネクタイハンガー。
アクリルの質感では満足できず、アセテートで作ったとか。
アセテートは、眼鏡のセルフレームを作る素材で、まさに眼鏡屋さんに
ハンガーを発注した酔狂もの。
いいお値段だと思います。マニアの方、もって行かないように。

私のお気に入りで、よく着けています。
giraffeは、カジュアル化したファッションに併行して、ビジネスシーンももっと
カジュアルに、と、コットンのタイが多いです。
しかし、このチェックは、もともとコットンに多い柄なので、逆にシルクです。
タイは、生地を斜めにバイアスにとりますが、柄を縦位置にし、先端を平らに折っています。
職人さん的には縫製しづらいもの。
シャツもオリジナル。
第一ボタンが無く、丈が短いプルオーバーなので、タイをしながらも裾を出して着れます。
デニムなどに併せやすいです。

ボケてすみません。
34℃ものです。
先端に、目玉やビーズがついています。
MISTER HOOLYWOODのリメイクなどをやっている松原君によるデザイン。
女性にも人気です。

giraffeは、最近女性の利用が多いそうです。
下段は、ストール。
これから、レディースのタイ?やストールをどんどん作るようです。
楽しみです。
左上の記号的なものは、TOKOLO氏のデザイン。
「新日本様式」の100選に、個人で唯一選ばれました。

蝶ネクタイのシリーズ。
並べ替えているところを撮ったので、ぐじゃぐじゃでスミマセン。
蝶ネクタイは、いままだ誰もやっていないので、美味しい時期だと思います。
軽部氏か、アローズのバイヤーさん小木さん位です。
特に、ウエディングのときに、良いと思います。
昨今の結婚式って、昼間にチャペルで、芝生の上でシャンパンにブーケ、っていう
状況が多いです。
そこに、冠婚葬祭の白い織りのタイをしていく人は、最近もはや死滅しているとは
思いますが、ではその替わりに何をするか。
まさかいつものレジメンタルや小紋でもないし、せいぜいグレーのシルク位。
そこで、蝶タイです。
NYのクラブにお呼ばれしたとき、メンバーの3割程度が蝶タイだったが印象的でした。
勿論このクラブは、クラブ(おねえさん的)でもクラブ(リップスライム的)でもありません。
歴代の大統領がメンバーで、女性は木曜日しか建物に入れない、というイギリス的
超保守的なクラブライフのクラブ。
パリに蝶タイだけデザインしているイケてるデザイナーさんがいるそうです。
写真の水色のウール。
人に冷やかされたら、「ぼく、ドラえもん」とひょうきんに言い切りましょう。
エナメルものも欲しいです。

エスカレーターから。
メルシーボクーの反対側です。
PARCOは2月18日まで。
バレンタインのプレゼントにいいですね。
表参道ヒルズの最上階の通路にgiraffeの什器がありますが、月末に
地下3階のアマダナの向かいに移るそうです。

ついでに、giraffeの事務所に遊びに行ったときの什器の写真です。
横に並ぶとこうなります。
白い大きなキャンバスにタイで描く、というコンセプトのようです。
元ideeの溝口さんによるデザイン。
世界一キュートなネクタイ。で、世界の空港に出していきたいと。
それに向け、日本で是非良いところで見てみたいです。
商業施設や百貨店のバイヤーの方、是非giraffeにご連絡を。03-3463-2268。

これも以前の写真。
右のボタンホールが刺繍してあるタイは、私も好きでしたが、躊躇しているうちに
売り切れてしまいました。実に無念・・・・・。
真ん中にある、フリルのタイは素敵です。

以前、あるギャラリーのオーナーさんのご紹介で、オノ・ヨーコ氏にお会いしたとき。
オーナーからのプレゼントに、giraffeのフリルの特注の白と黒を選んでくださいました。
そして、翌日、武道館のジョンレノンの追悼コンサートで、何とヨーコさんが白いフリルタイを
つけて登場!
全身真っ黒に白いフリルタイがとても華やいでいました。
このときの写真を入手したいと思いながら、なかなか進みません。
入手できたら改めてアップさせて頂きます。

ヨーコ氏の向かい側の御仁は、30年前初めてビートルズが武道館にやってきた時からの
マネジャーの方。
横が私。髪の毛では負けていません。
・・・・・・簡単に、とかいって、長文になってしまいました。
いつもは、夜中、気絶しそうになりながら書いていますが、今は日曜日の朝、お天気もよく
気持ちよいです。
ついつい、giraffeのマニアぶりを発揮しながら長々と書いてしまいました。
この際なので、、、、

ガーベラが開く前。これもきれいです。

そして、今日、少し開きました。
60年代の水泳キャップについていそうな大輪のガーベラも好きですが、このような
可憐なガーベラも好きです。
February 11, 2007, 08:15 AM
idee青山
February 10, 2007

青山に新しくオープンしました。

良品計画金井専務が、idee代表取締役会長です。
現在、良品計画が大株主となり、新たにスタートしましたが、
文化はちゃんとideeです。
良品による、素晴らしいアライアンスです。
良い着地と、良いスタート。
おめでとうございます。

川渕さん。
ミッドタウンのオープンにまだまだ気が抜けないでしょう。
因みに、後ろにかかっている文字の作品は、遠山由美のシルクスクリーン。
家内ですが、いい作品です。

パティシェの森本さん。
手に持っているのは、ドライフルーツのスパイシーブレッド。
黒胡椒とコーングリッツがまぶされた、甘くてスパイシーな赤ワインにあう
不思議で美味なる一品でした。
森本さんとは、4年位前かな、北海道の某牛乳メーカーの工場視察で
たまたまご一緒しました。

大熊さん。
かつてのidee時代に、本店3階のギャラリーやブックショップを拓いた人。
黒崎さんの最も信頼した美意識の持ち主の一人。
慶応文学部美術史卒、かな。
ideeに文学、哲学、クラシック(音楽)を導き入れた人。
いつも首のネッカチーフが印象的でした。

タイクーングラフィックス鈴木さん。
表参道ヒルズのロゴなどやられています。
正月のヒルズのポスター良かったです。
ちゃんと明治神宮でした。

かつてideeにいらした、岡じま 要氏(字がでてきませんでした。失礼)の作品。
全て、鉛筆で手で塗っているそうです。
February 10, 2007, 10:54 AM
おかえりなさいGR
February 08, 2007
絶望の淵にありましたが、無くしていたGR(デジカメ)が、、、戻ってきました。
声を大にして言いたいですが、、ウレシイです。
失くした日は、銀座で4件廻っていました。
そのうちの1軒の電話が分からず、確認できていませんでしたが、
先日最後の一筋の期待をもって、銀座バーボンバー「あらじん」を
覘いたら、ありました。ママ、ありがとう!本当にうれしいです。

無くしたGRの中に入っていた、かつて消失したと思われていた写真を、少しレビューします。

ビームスの30周年。
すごいですね。宇野さんのブログにありましたが、お会いできませんでしてた。

私が、三菱商事で大変お世話になった湯川さん。
スーパーマンです。
英語もフランスも日本語も、全く同じ調子でプレゼンし、話の内容が地球規模です。
当時は、夜6時、9時、11時と1日に3回アポをいれ、11時のときに、皆いつもの決まった店に
集合し、報告をします。重いカバンにいつも本が4冊ほど入っていて、週5冊ペースで
読まれていたと思います。
ご家族を愛し、人を大事にされた方。
三菱商事の後、トヨタの役員をやられ、今は、ボランティアと講演と地域とプライベートを
時間を4等分されているようです。
こういう方を、世の中はダンディーと呼ぶのでしょう。
本当にお世話になりました。

当時三菱商事の飯山さん。
湯川さんの参謀。いぶし銀の仁義の御仁。
もう時効だからいいでしょう。
ある事件に絡んで、人を守って、当時部長から降格になった方。
そんな人、現実には他にみたことありません。
正義の寝業師。
この日に、GRが去りました。
そして、GRが戻った日。
帰りに銀座ストックに寄りました。

山中ミッチー(左)。
この人も、誰の前に出しても変わらずに、面白い。
皆の妹。
中山千寿さん(右)。
超大物フードのスタイリスト。
素敵な方です。

先週、ミッチーの誕生日だったので。

「佐分利 信」(俳優)を知っているか、の話題になりました。
残念ながら、私は知りませんでした。
GRが戻ってきてくれました。
もう離しません。
今度、ガンマンのように、ベルトにケースをつけて、腰に下げようと思っています。
February 08, 2007, 01:16 AM
親子討論会と床と梅
February 07, 2007
先週末、小学校6年生の娘の学校で、「親子討論会」がありました。
メインテーマは「地球温暖化」、グループのサブテーマは「二酸化炭素」。
親と子5対5で、このテーマで1時間半ディベートをします。
子供は、2ヶ月かけて事前に勉強し、準備をして、最初にプレゼンテーションを
します。
子の、全うな論旨に、反対意見を述べる親側。
二酸化炭素、といわれても、もともとの素養が薄く、全うな反対意見にも
なりませんが、それでも、それなりの応酬となって、1時間半が過ぎました。
我が親子は事前に「不都合な真実」を見ていたので、お陰で力がはいりました。
しかし、親子のディベートとは、良い機会です。
普段の家庭では、宿題やったか、とか常に親が見下ろす立場になりがちですが、
今回のは、事前に子供が調べていることもあり、堂々としています。
「言いたいことを持っている」という状態は、身体が活性化します。
いいことです。
ところで、「地球温暖化」・・・というネーミングは良くないと思います。
危機感より、むしろ温かくなって住みやすくなりそうな気配の名前です。
「暴走族」を「珍走団」と呼ぶことににって、悪の憧れをくじくアイディアのように、
もっと危機感あるネーミングが必要と思います。
曰く、「地面3割減現象」、「生態半減化」・・・など、必ずしも原因でなく、結果に
目線をあててもよいと思います。

ディベートが終わって、空いた時間に、椅子を並べて「ドンジャン」?
椅子の両端から走ってきて、ジャンケンをして、延々と続けるやつです。
めちゃくちゃ盛り上がっていました。
何だかうらやましいです。
因みに、先生に見つかったら、相当怒られる環境のようです。
その後、美術展で体育館に移動。






体育館の床を撮ってみました。
他の父兄には怪しまれていたようです。


校門に、梅が咲いていました。
6万年スケールの地球温暖化と、ちょっと北欧風にも見える体育館の床と、
1年の時を告げてくれる梅、は全然関係ないのですが、ある小学校の中に
あった、3つのものです。
February 07, 2007, 01:59 AM
桐山さん
February 03, 2007

桐山社長(左)とメトロ鶴岡氏と3人で銀座の焼き鳥屋さんへ。
桐山社長はかつて神戸屋キッチンを創り広げたパン業界の大重鎮。
そのパンに向けるこだわりや、デザインのセンスも素晴らしく、白いタイルに
黒い目地、青い旗、ガラスとステンの鏡面仕上げ、無垢のテーブルなどの
店舗は、20年経って尚新鮮です。
角地であること、間口が広いことなど立地条件もスゴイもの。
わが社では、桐山社長のことを私の「お父さん」と呼んでいます。
性格、物腰、首から肩へのライン?、後ろ姿、こだわり、好きなセンスなどなど、
そっくりだ、ということ。
年齢的には「お父さん」では失礼ですが、Soup Stock Tokyoの一号店から
目をかけて下さり、息子の如く可愛がって下さっています。
現在、成城と広尾でKiriy’s Freshという小さなベーカリーをやられています。
是非、立ち寄ってください。
一方、メトロ鶴岡氏は、私より若干年下ですが、渋谷のマークシティを
皮切りに、地下鉄系の商業の在り方を一変させた人。
表参道駅のエチカの成功でその実績は不動となり、まあ、要すれば、
メトロ関係はこの方が全てをやっているのです。
チャキチャキの江戸っ子だとご自身で言うように、その東京への愛情と、
メトロが東京の動脈であることを重ね合わせて、またその使命感と食や
物販への想いを重ね合わせて、日夜飛び回っておられます。
お二人に共通しているのは、人を大事に大事にされること。
桐山さんから御礼や暑中見舞いのおはがきを頂くたびに、自分の非礼に
身を縮めます。
さて、この三人が集まって、何を企んでいるのでしょうか。
折角の都市のインフラを、意義あるものにしていきたいものです。
February 03, 2007, 01:25 AM
Takeo paper show
紙の竹尾が毎年行っているTakeo paper showにSoup Stock Tokyoも
一部参加させて頂くことになり、その打合せがありました。

㈱竹尾の方々
私が最初に竹尾のショーを見たのは、10年前の六本木の会場でのときです。
家内が文字の作家で、文字の何かでそのときは参画していました。
原研哉さん主体で数年前に行われた時のものを纏めたHARTICという本は、
素晴らしい本です。
深沢氏のバナナのパッケージや、原さんの超撥水のパチンコなど、その発想や完成度の
高さで、世の中をぶっちぎります。
さて今年は、3人のアートディレクターの一人、フレイムの古平正義さんに声をかけて
頂きました。
今年は、会場を丸ビルに移し、丸の内に関連する企業と絡めての作品作りとなります。
丸ビルに入っているSoup Stock Tokyoで、会期の3日間だけの、特別の紙バックを創ろう、
という現在のアイディアです。

古平さんと仕事をご一緒するのは、初めてです。
そういえば、前回のDesign Tideのときに、古平さんがアレキサンダー ゲルマン氏を紹介してくださいました。
今回、ゲルマン氏もアーティストして参画するようですが、氏のシンプル極まりないデザインも
大好きです。
先ずは、第一回目の打合せ。
ブレストなので、アイディアはぶちきれます。

爆笑中の古平さん。
この段階が一番楽しいですね。
どの辺りに着地するか、まだ見えない状態でしたが、何れにしても楽しみなプロジェクトです。
古平さん、竹尾さん、有難うござます。
February 03, 2007, 01:17 AM
GR去りぬ
February 02, 2007
GRさりぬ・・・・
など、書いてみましたが、ようするにGR(高級デジカメ)をなくしたのです。
否、失くした・・・失くしている、、、、失くしているかもという客観性の維持、、、
なんとも割りきれないのです。
① 「拾得者からの連絡」
カメラには名前も住所も書いていない。
が、「カメラ拾いましたよ!」の電話を待っている。
② 「食べた食器を冷蔵庫に入れた過去」
酔って帰った日、残り物をを食べ、その食器を、流し台に下げようとして、
酔って、何故か、その食器を冷蔵庫にしまった、、、という、なんとも
いじらしくも、情けない経験をもつ。
その経験から、デジカメを無くして冷蔵庫の中、下駄箱、洋服ダンスを
確認している、、、が、いつまでたっても充分確認できていないと思っている。
③ 「保険」
クレジットカード会社に、保険がきかないか聞いたが、忘れたのはダメ、誰かに
盗まれた、奪われた、、、その警察の証明が必要、、、と聞き、誰か、私を奪って!
と思うが、いまさら私を奪ってもらっても、、と頭では理解しながらも、私を奪った
と加担してもらえる人をブログで募集しようかと思っている。
④ 「夢」
一番角度は高い。
失くした翌日の夜、夢で、デジカメを無くしたがすんなりと出てきて、枕元にある、、、
はずなのに、何故か枕元に無かった、、のだが、これはまだ夢である可能性が高い。
という、4つの理由から、遺失して4日を過ぎてまんじりともせずにいます。
その結果、ブログが滞っています。
これは、ブログを3日さぼったための虚言ではなく、それどころか、書きたくてしょうがない、
のに、一枚の映像が無いとブログが書けない、という現代青年の横顔を照らした結果なの
です。
映像が無いと、ブログは、とても苦痛を強いると考えるので、関係は無いですが、
とりあえず、写真をアップしておきます。


今日は、遅いので寝ます。
February 02, 2007, 03:24 AM