中山ダイスケ / Daisuke Nakayama 中山ダイスケ / Daisuke Nakayama

68年生まれ。武蔵野美術大学中退後、武器をモチーフにした過激なインスタレーション、手法にとらわれない斬新な表現力が国内外からの注目を集める。97年より6年間ロックフェラー財団などからの奨学金を得てNYに滞在、NYを中心にヨーロッパ等での展覧会が話題となり、98年台北(台湾)、00年光州(韓国)、リヨン(フランス)ビエンナーレ日本代表作家に選出される。Claudia Hillのニューヨーク・コレクション等ファッションショーの演出監督、舞台美術デザイン、店舗のアートディレクション、コンセプト考案など、近年は様々なジャンルとのコラボレーションも手掛ける。02年より東京で活動。東北芸術工科大学情報デザイン学科教授。ダイコン(dnSTUDIO)代表。

Born in 1968. After leaving Musashino Art University before graduating, Daisuke Nakayama utilized images of weapons as a motif to express extremeness in his installation works. Never tied down to a particular technique, his innovative expressions attracted attentions from both inside and outside of Japan. After winning the Rockefeller Foundation scholarship, he moved to New York in 1997 and resided there for six years. During his overseas stay, his exhibits in Europe again attracted wide attention, which led to his Taipei Biennial (Taiwan) exhibit in 1998, Kwangju Biennale (South Korea) exhibit in 2000, and ultimately became the Japanese Representative Artist for the Lyon Biennale (France) exhibit also in 2000. Re-establishing himself in Tokyo from 2002, his recent activities includes art direction for New York Collection fashion brands such as Claudia Hill, theatrical stage art design, store interior art direction, concept creations, etc., transcending genres through his collaborative works. Currently a Professor at Tohoku University of Art and Design, Daisuke Nakayama is also the Representative Director for dn STUDIO Co., Ltd.

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新宿
2008/3/29 土曜日 15:19:52

ものすごくひさしぶりの新宿。地下鉄パブリックアートで東新宿(大久保)には、しかも地下深くにはいたけれど、ど真ん中の副都心は東郷青児美術館での展覧会以来か。武蔵野美術大学(ムサビ)の空間演出デザイン学科(空デ)で今期も授業を受け持つことになり、そのお顔合わせ会議。この学科、助手と副手がたくさんいて、みんなですばらしい料理をコーディネイトして、外部のゲスト先生をおもてなししてくれました。写真がないのが残念ですが、ディスプレイもお見事でした。

久しぶりに津村 耕佑さんに会う。今年から空デ の教授らしい。小竹信節先生といい、杉本貴志先生といい、面白い教員ラインナップです。今なら僕も空デに合格できたかも。何度受験しても入れてもらえなくて、ムサビ時代は一つ上階の学科からうらやましく見ていました。

なんの因果か、おとなになってしまった今頃、小池一子先生(前教授)のご推薦で、昨年から空デに入れてもらえています。僕の空デの授業、きっと楽しいと思います。もし僕が学生だったら?という単純な基準で、けっこうプロでも難しいことをやっているので、学生が覚醒すると信じています。

ところで、会議の帰りに久しぶりの津村さんと、同じく久しぶりで、今回津村さんの授業をサポートするトースティーちゃん と共に、有名な横町へ。もうすでに出来上がっているトースティーは、横町でいちばん声がデカく、一番下品でした。さすが、かつては頭でトーストを焼いたアバンギャルドアートガール、いつまで経ってもパンクです。写真ではもう押さえられないほどに動きっぱなし& 飛ばし過ぎのトースティーと、時々マジな顔になる津村さん。すごいコンビで授業が始まります。すごいなあ、空デ。

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地下鉄
2008/3/28 金曜日 3:35:30

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地下鉄のパブリックアート、完成です。

関連業者のみなさん、コーデイネーターの及川君には真冬に徹夜をさせてしまったようで、本当におつかれさまでした。

なんだか自分の作品ではないような、平和でマイルドな壁面オブジェ。

東新宿や大久保エリアの外国人の人たちと、なんとかアートで関わりを持ちたかったけれど、いろいろあって新宿の花「つつじ」に落ち着きました。

「パブリック」は難しいです。








お伊勢参り
2008/3/16 日曜日 4:12:15

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40歳になったので、同じく揃って厄年の友人夫婦と3人で弾丸「お伊勢参り」を敢行。

時間が止まったような伊勢神宮に、疲れて腐った心を清められました。

「式年遷宮」進行中のお伊勢さま、今度行く時はみんなそっくりそのまま横移動していると思うと、ほんとうにすごい。

愛子さま皇位継承の話題から知った、皇室典範にもその守り続けられた時間に驚いたけれど、690年の持統天皇から続いているこの「土木」な伝統にも、心底驚かされました。20年に一度っていうのが絶妙なんでしょうね。健康なら、計算上は20年に一度ぐらいに家族の世代も入れ替わるわけだし。

日本の社会が新しい変化に臆病なのは困るけれど、こんなにも時間と格式を大切にしている国家であることをあらためて知ると、なんでもかんでも、とりあえずアメリカンなアプローチしか知らない 僕らの世代は、社会との関わり方そのものを、もしかして、もっと自分たちの歴史から学ぶべきなんだなあと、ミソカツ弁当を食べながら名古屋で真剣に考えていたら、黄色い新幹線が登場してビックリ。新幹線は青と白!と、どこかで決めつけていたので、けっこう斬新。これも伝統とその革新?と思ったら、なんだか実験車両のようでした。そう、僕も日々実験しなければ。

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