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Born in 1968. After leaving Musashino Art University before graduating, Daisuke Nakayama utilized images of weapons as a motif to express extremeness in his installation works. Never tied down to a particular technique, his innovative expressions attracted attentions from both inside and outside of Japan. After winning the Rockefeller Foundation scholarship, he moved to New York in 1997 and resided there for six years. During his overseas stay, his exhibits in Europe again attracted wide attention, which led to his Taipei Biennial (Taiwan) exhibit in 1998, Kwangju Biennale (South Korea) exhibit in 2000, and ultimately became the Japanese Representative Artist for the Lyon Biennale (France) exhibit also in 2000. Re-establishing himself in Tokyo from 2002, his recent activities includes art direction for New York Collection fashion brands such as Claudia Hill, theatrical stage art design, store interior art direction, concept creations, etc., transcending genres through his collaborative works. Currently a Professor at Tohoku University of Art and Design, Daisuke Nakayama is also the Representative Director for dn STUDIO Co., Ltd. [+/-] English profile.. |
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美しい風景
2008/2/25 月曜日 7:08:50
極寒の東北、水辺。冷たくピーンと張りつめていて、空気そのものが美しかったです。初めてなのに、なぜかしんみりと懐かしい気持ちになりました。 ところで、つくづく思うけれど、「観光資源」って、難しい。一生に一度行くか行かないかの観光客の価値観と、ずっとそこに住み続ける地元民の利便が常にその風景に矛盾を生んでしまう。 その昔、通りすがりの文化人ら(芭蕉とか、一茶とか、裸の大将とか)にお墨付きをもらったあたりまでは、誇りだったはずなのに、自分たちにとってあまりにも当たり前な場所は、時間とともにこれまた当たり前に平成の風景になっています。 身勝手な観光客が期待する、「the カレンダーみたいな風景」 は、カレンダーの撮影が本当にそうであるように、見る角度が限定されてしまいます。ピラミッドや京都もしかり。僕の故郷の景色もそんなもの。大阪柏原から生駒山へ続く古墳だらけの平野も、四国のポコポコした山々の風景も、国道沿いに並ぶ数々のド派手な看板と、郊外型巨大ショッピングセンターによって、利便的には「満たされ」、風景的には「侵されて」います。いまや日本中、風景が同じです。もうどうにもこうにも修復不能です。タイムマシンがあったら、400年前、いや50年ぐらい前には戻って、そこらじゅうを「世界遺産」に登録しまくり、ついでに昭和に立ち寄って、ショッピングセンターのデザイン担当者に、せめて景色にあわせて色彩計画ぐらいは変えてあげてくれと頼んできます。 積雪で見えなくなりそうな渋いおそば屋さんに立ち寄りました。「からみ大根」で食べるおそばは素朴な味。店内の様子も、完全に時間が止まっているばかりか、常連さんたちの話している言葉がポルトガル語みたいで、まるで外国。外国か、、、失礼です。僕こそ身勝手な観光客として、ずっと変わらずこのままであり続けてほしい、、、なんて、心底あたたかい気持ちを感じたのは、本心のはずです。 アフリカ
2008/2/23 土曜日 3:22:09
妻の鶴田のアフリカ親善大使就任で、このところ、なんだか家の中がアフリカン。 音楽や、外務省からの資料の数々や、いい機会だからといろいろ見たドキュメンタリーや映画。 知れば知るほどアフリカ問題は深刻です。アフリカが火種で大きな戦争が起こるかも知れない気がします。 関わりが薄いと、こうも人間無知になってしまうのかと反省しきり。 妻もなんとか「お飾りの大使」で終わらぬように、日々アフリカ問題を勉強している様子。 そんな最中、テレビでもおなじみのアドゴニーさんと、アフリカ関連のスタッフのみなさんが、中山家でアフリカンディナーパーティーを開催しました。アドゴニーは、料理がお上手。というよりも、もっとアフリカの料理と文化を日本人に知ってもらおうと、ケータリングサービスをやっているそうです。大皿からみんなで取って食べるスタイルが主流らしいので、パーティーなどにはピッタリ。味もいけます。 食べながらのアドゴニーによる英語とフランス語が混ざった日本語によるマシンガン”アフリカ問題”スピーチは、鬼気として重く心に残り、お腹いっぱい。おかげでせっかくの料理が大量に余ってしまいました。愛すべきアドゴニーは、今日もどこかで日本とアフリカを繋いでいることでしょう。僕も早いうちにアフリカを知りに行きます。 朝日
2008/2/9 土曜日 1:35:50
毎週、早朝に東京駅に向かう生活も、はや1年。 山形に向かって変化する車窓の風景も魅力だけれど、朝の丸の内の静寂も気に入ってます。 早い便に乗る時は、6時台なので丸の内はほんとうに静か。 うるさい看板もなく、ゆったりとビルが建っているので、光がたっぷり。 国の中心地はおおらかです。 それにしても自宅から東京駅に向かうタクシー、運転手さんによってこんなにも所要時間が違うものでしょうか。最速レコードは9分ちょっと。もちろん奇跡の青信号&スピード速めの運転だけれど、なによりも巧かったのは車線変更と先の交通状況の読み具合。プロ中のプロでした。ちなみに最遅は25分。全ての判断が鈍行。さすがに一本乗り遅れる事に。 山形新幹線、一本遅れるとほぼ1時間待ち。今度は家に戻って寝なおします。 |
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